第五夜 ドラマティック・キス

 小学生の自分が歩道を歩いているのを左側から見ていた。そこは白いガードレールで片側二車線の車道と隔たれており、反対側の歩道も自分のいた方と同じようになっている。違うのは道の外側の景色。こちら側は看板が点々と立ち、白っぽい地面にところどころ雑草が生えた空き地が広がっているのに対し、反対側は塀が延々と続いている。また、その向こう側には病院があるらしく、盾形の中に緑の十字の入ったマークが見える大きな建物が塀の上から見えていた。

 歩いていると、向こう側の歩道を三人の少年少女が歩いてくる。さほど自分と年齢に差があるようには見えず、一人は少年、後二人は少女である。

 少年は黒い短髪に黒い目で、半袖のTシャツに半ズボンを着ていた。快活で表情豊かに女子二人と話しているその姿は、腕白な少年を連想させた。

 二人いる少女のうち、片方は少年と同じ黒髪黒目である。髪は短いツインテールにしていて、服装はシャツに長袖の上着、そしてスカート。若干つり目になっている大きな目は勝気な印象を生み出しだしている。

 そして最後の一人は、亜麻あま色の髪をひざ辺りまで伸ばし、ストレートで下ろしている。すそに星がワンポイントとしてあしらわれた半袖のシャツと青いジーンズをまとう彼女は、赤色の目を眠たげに細めながら歩いている。その雰囲気はまるで、おとぎ話の妖精が現実に飛び出してきたかのようだった。

 そんな三人組と夢の中の自分は知己であったようで、足を止めて眺めていると、三人のうち妖精のような彼女が初めに気づいた。

 こちらに気づいた瞬間、眠たげな目が一気に見開かれ、笑顔が光り輝く。ぶんぶんと音がしそうなほど激しく手を振ってくる彼女を見て残り二人もこちらに気づき、少々苦笑しながらこちらに手を振ってくる。

 夢の中の自分も控えめに手を振り返していると、そのうち我慢ができなくなったらしく、妖精のような彼女が一直線にこちらに向かってきた。ガードレールを乗り越えてやってきたので、夢の中の自分は声を上げて引き返させようとした。

 しかし、それは間に合わなかった。左方から来た乗用車に彼女はね飛ばされてしまったのだ。意識を失った彼女に駆け寄り、

「大丈夫か! おい、大丈夫か!?」

 と身体を揺らしながら呼びかけていたところ、ゆっくりと視界がその場所から離れながら暗転した。


 ◇ ◇ ◇


 戻った視界は、病院の廊下をやや右気味に映していた。そのまま視界が右に平行移動すると、病室の扉の一つが開くので、視界は病室の内部の様子を写すことになる。

 そこには、病院着を着て病床に寝かされている亜麻色の髪の少女とその周りにいる自分を含む三人がいた。自分以外の二人は病床からやや離れたところにいて泣いている一方、夢の中の自分は少女のそばにいて、手を取っていた。声もかけているものの、少女は眠ったまま身じろぎ一つしない。ピッ、ピッと心拍数をはかる機械の電子音と、自分が少女にかけ続ける声、そしてほか二人のすすり泣く声だけが病室に響いていた。

 必死に呼びかける声もむなしく、やがて機械の心拍数はゼロに近づいていき、そして短かった電子音は、長く長く病室に響き渡った。夢の中の自分も、彼らも、涙があふれて止まらなかった。

「う、うああああ……! ちきしょう、ちきしょう! なんで、なんでお前が死んじゃうんだよ!」

 自分の声が病室に響き渡る。夢の中の自分は顔を下に向けたまま、言葉を続ける。

「……お前のことが、好きだったのにっ……!」

 その言葉が空間に溶けて数秒、突然アラームが鳴り響く。自分が顔を上げてみると、彼女につながれていた心拍数をはかる機械の値が三百超えを示していた。自分は人間の心拍数は二百を超えないのが常識だと知っていたため、異常事態が目の前で発生しているのは明らかに思えた。

「何が起こってるんだ!? は、はやく先生を呼ばなきゃ……!」

 夢の中の自分は慌てながらも、次にしなければいけないことを口にする。続けて、後ろにいる二人の方に声をかけた。

「お、おい、二人も先生か誰か呼べよ! おい、聞いて……」

 言いながら、二人の方へと体を向け、その違和感に気づいた。二人とも、こちらを見ていなかった。それどころか、自分の言葉が届いているかも怪しかった。二人とも、自分の背後を見て、言葉もなく呆然と座っているようだった。

 導かれるように、自分も体を反転させ……二人同様、絶句した。

 彼女が、病床から身を起こしていた。ほほえみを浮かべた彼女の瞳が、自分の顔をとらえる。その目が細められ、笑みがより一層深められる。確実に死んだと思われる状態から人が生き返った衝撃に、誰も動くことができなかった。

 そのまま、彼女は身を乗り出しながら、腕をこちらに伸ばしてくる。自分の頬に彼女の手が触れる。そのまま、彼女のきれいな顔が近づいてきて──その身が重なった。

 その瞬間、目が覚めた。ほんの少し、その感触が残っている気がした。

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