第46話 キスはバーベキューソースの味

 あまりにもかっこいいなつみさんの戦いぶりに、俺はすっかり惚れ直してしまった。

 完全に惚れていたのが、さらに三十倍くらい惚れた感じだ。

 倍率はノリだぞ。


『ハルキ、機嫌がいいな』


「そりゃあもちろん! 俺の彼女はあんなにかっこいいんだぞ?」


『ハルキがナツミを守り、ナツミがハルキを守るか。むむむ理想的な関係……!! こんな素晴らしいものがこの惑星で見られるとは』


 ダミアンが感激してブルブル震えている。

 パッと見は手足が生えたバスケットボールが高速振動しているようにしか見えないな。


 この振動、何かに使えないものか……。

 はっ!

 俺は気付いた!


「ちょっと卵を割ってだな、この卵が入ったボウルを持ってくれ。俺が混ぜる用の棒を突っ込むと……うおおおおお! ダミアンの高速振動で一瞬で卵の黄身と白身が混ざっていく!!」


 俺が新たな発見に喜んでいると、なつみさんがやって来た。

 今夜の食事、バーベキューに用いる肉と野菜を仕入れてきたらしい。

 ちなみに俺が使ったこの卵だが……。


 隣のコテージのご家族に分けてもらったものだ。

 バーベキューセットに卵が入っていたのだが、そのご家族の子どもが卵アレルギーなんだそうで。

 ありがたく使わせてもらおう。


「何をしているんだ春希くん」


「ダミアンが感激のあまりすごい勢いで振動していたので、この振動で卵を混ぜられるのではないかと思いまして。見て下さいこのきめ細やかな泡。フワッフワのスフレオムレツが作れそうですよ」


「ダミアン、意外な才能……!!」


『そろそろ疲れてきたから止めてもいいだろうか』


「おっ! すまんなすまんな……」


 止まってもらった。

 炭なども購入してきて、これを着火してじりじりと燃やす。


 BBQ用のコンロがいい感じで熱されてくるまで、じっと待つ。

 夏だと言うのに、炎の前でBBQ……。


 俺は正直、以前まで、BBQの何が楽しいのかと思っていたのだ。

 外で肉や野菜を焼くだけじゃないか。

 なのにテレビや動画の人々はウェイウェイと騒いでいて、一体何なんだろうと……。どこに面白さを見出すのかと思っていたのだが。


「どうだ春希くん、火加減は。かなりの熱だと思うが」


「ここはリスクを避けて野菜を焼いてみましょう! 水気が多いからすぐに分かりますし、生焼けでも食えます!」


「なるほど……。私は肉を食べたいが、確かに生焼けではよろしくないな。では串に差した玉ねぎとピーマン串を投入!」


「おっ、なつみさんピーマンいけますか! 俺も好きなんですよ。ただ、ピーマンには肉を詰めたい」


「分かる……分かる……!!」


 また分かり合ってしまった。

 俺たちの相性、ベストマッチ!


 二人でいい雰囲気のまま、野菜串をじゅうじゅうと炙る。

 遠赤外線が網ごしに、野菜の芯まで火を通してくれるのだ。

 この隙に、俺はバーベキューソースを作った。


 ケチャップとソースと醤油と砂糖と胡椒を混ぜるのだ。

 よし、まあまあ食える味になった。


 焼き上がった野菜、ちょっと焦げていた。

 ということは、肉も焼けるはず!


「うん、中まで火が通ってる! 味は……玉ねぎだ」


「何も付けてないですからね」


「では春希くん手作りのバーベキューソースを……あ、いけるいける」


 いよいよ待望の肉を焼く。

 奮発して牛肉を買ったのだ。

 これを串に刺して……。


 ヒレ肉なんてひよった事は言わない。 

 全てロースだ!!


「あ、あ、脂の焼けるいい香り……!!」


「最初の串はなつみさんに……」


 ソースにつけて差し出したら、彼女があーんと口を開けた。

 こ、これは……!

 俺が彼女の口にあーんしろと!


「じゃあ、どうぞ……」


「んっ……ほ、ほふっほふっ、おいひい……!」


 なんて美味しそうに肉を食らうのか。

 これはもう才能だな……。

 彼女も肉を焼いて、俺に差し出す。


 お互いあーんをし合うというバカップルぶりだ。


「いやあ、美味いですし、なんかこう……お互いの口に差し出すってのは背徳的な香りがしますね……。というかもう、これ口移しでもいいくらいでは……」


「くひ?」


 聞いてから、なつみさんのもぐもぐが止まった。

 じーっと俺を見てくる。


 これは……。

 もぐもぐしながら何か考えてるな。

 俺が思うに、彼女は割とスケベなことに興味がある人だ。


 グイグイ押せば、イケる……!!


「なつみさん的に一番美味しいところ、手を使わずに俺に食べさせてくれるというのはどうでしょう?」


「それってなんか、いやらしくない……?」


「いやらしいとは思うんですが、やっぱり恋人同士たるもの、いつかはキスをしたりするものじゃないですか」


「うん、まあ確かにそうだけど……」


「ここで予行みたいなことをしておいて、本番の緊張度を削るというような」


『ハルキ! メモリーから欲望がダダ漏れだぞ!!』


「うるさいぞダミアン! 俺は! そういう策略をやってでもなつみさんとキスがしたいんだよ! いや、別に食後でもいいんだけど」


「ふーん」


 なつみさんは俺をまじまじと見た。


「春希くんの唇に肉の脂が……。こ、これはキスじゃなくて、脂がたれてしまうのが勿体ないからで……」


 なんかブツブツ言ってる!

 と思ったら、彼女が身を乗り出してきて、俺の眼の前いっぱいがなつみさんの顔になった。

 ぎゅっと目を閉じた彼女の唇が、俺の口に押し付けられる!


 き、キスだー!!

 と思ったら、唇をペロッと舐められた。


 き、キスかー!?


「ふう、肉の脂は本当に美味しいよねえ」


 なんか照れ隠しみたいに言いながら、彼女はちょっとペースを上げて肉を焼き始めるのだった。


「なつみさん! ワンモア! ワンモア!」


「だめ! だめだからね!」


『いいぞいいぞ。キャンプは実に素晴らしいな!!』


 二人とダミアンな俺たちは、横の家族連れに負けないくらい賑やかなのだった。

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