第45話 川べりの決戦
カヌーは実にエキサイティング&インタレスティングだった。
前方のなつみ先輩を乗せ、俺は後ろからフォローし……。
大いに景色を楽しみ、夏でしか味わえない涼を存分に満喫し、下流に到着した。
「いやあ、楽しかったですねえ!」
「楽しかった……! 凄くハラハラドキドキしたけど、なんだかんだ後ろからずっと君が声掛けしてくれていたから安心できたよ! でも今度は、こう……並んで乗れるものがいいな」
「あ、いいですねえそれ……。まあこのキャンプ場にはそんなアクティビティが存在しないんですが」
まあいいじゃないか。
『川に多くのメモリーがあったな! ダミアンはちょっと吸わせてもらったが大変いいものだった。友軍機が経験した川は戦場だったので、あまり輝きのないメモリーばかりだったようだが。お陰で友軍は荒んでしまい、危うくいつもどおりの人間牧場化計画がスタートするところだった』
「とんでもねえ事を言ってるな」
「ブラックジョークだね」
なつみさんが笑った。
この人はそういう話を受け流せるところは凄いなあ。
俺たちはダミアンの話を軽く流しながら、戻ることにした。
ここでちょっと時間を潰すと、集まった人をまとめてマイクロバスでキャンプ場まで運んでくれるそうだ。
ありがたい。
ちょっと空き時間でなつみさんとお喋りできるもんな。
「腕がパンパンですよ。オールって結構力を使うもんですねえ」
「お疲れ様。先輩がちょっとマッサージをしてあげよう」
「うひひ、ありがとうございます! あっ、なんかもみもみされてくすぐったい!」
イチャイチャしているのだが、周りもイチャイチャしてたり家族でワイワイ騒いでいるので、全く気兼ねする必要がない。
なんて居心地の良い場所なんだ。
なんでもないことを二人でするだけで、気持ちがぐんぐんアガってくる。
いやあ……リア充どもはこんな人生を過ごしていたんだなあ……。
そりゃああいつら、いつでも明るくてウェイウェイ言ってるはずだ。
それに、楽しいことで暮らしが満ちているとなんか心が広くなる気がするな。
他人のために何かをしてあげようという余裕が生まれてくる……。
「なつみさん、なんか俺はこう、一回り大人になった気分ですよ」
「あはは、本当に大人になった人はそんなこと言わないぞ。でも私が思うに、春希くんは十分に大人なところがあると思うんだけどね」
「えっそうですか!? ははは、ありがたいですねえ」
俺たちのやり取りを聞いて、ダミアンが上機嫌でコロコロ揺れている。
家族連れの子どもが、これを見て不思議そうに首を傾げていた。
やがてマイクロバスが走り出す。
ゆっくりとキャンプ場へ戻っていくのだが……。
降りるところで、奴が待っていた。
ユタカだ!
腕組みをして待ち構えている。
「待ってたよ、春希! あなたが先輩?」
不敵な感じでなつみさんを見上げるユタカ。
す、すげえ強キャラ感だ……!!
俺は思わず後退してしまう。
この様子を見て、「なるほどね」となつみさんが頷いた。
そして、前に出る。
「男相手ならめっぽう強いけど、女の子にひどい事を言ったりするのは君にはできないもんね」
「はっ、面目ない」
「いいのいいの。ここは君じゃなくて、私が戦うところだから」
俺を守るように前に立つなつみさん。
ユタカはこれを見て唇を尖らせた。
「あのー、先輩。邪魔なんですけど。正直、春希と先輩って不釣り合いだと思うんですよね。その、背とか高すぎるし」
身体的特徴から攻めてきた!
「この背丈のお陰で、春希くんを抱きしめると彼のおでこにキスできるんだ」
「ぐわーっ」
ユタカがダメージを受けた!
効果は抜群だ!
先輩、何気にカウンター技の使い手だったのか!!
「あ、危ない危ない……!! あなた先輩じゃないですか。先に卒業しちゃうし、そうしたら学校では私と春希は二人きりだし、同じ学年だし。もらっちゃいますから」
「既に春希くんは私の両親に挨拶を済ませてあるし、私だって、そ、その、このキャンプが終わったら彼の家に行くつもりだ」
「ぐわーっ」
ユタカがまたダメージを受けた!
割と効果的でいやらしい精神攻撃を仕掛けてると思うんだが、なつみさんの超絶のろけ攻撃が超破壊力で精神攻撃を粉砕(カウンター)するのだ。
つ、強い……!!
『手に汗を握る戦いだな。ちなみにダミアンたちは冷却液を手から噴出する機能がある』
いらん豆知識を伝えてきたな!
「わ、私はカラオケだって春希と相性バッチリなんだから! だから彼となら絶対楽しく過ごせるから、彼は私といるべきなんです! 先輩はどうなんですか?」
むっ、これはなかなか強めの攻撃ではないか。
なつみさん、どう対抗する……!
「君はさっきからずっと、自分の話ばかりだ」
むむむ!
「春希くんに対して、自分がどうだとか、どれくらい自分が優れているとか。いい? 春希くんはたくさんのものを私にくれるんだ。だから彼は、私にとってかけがえのない人なの。私も、彼にたくさんのものをあげたい。彼にとってかけがえのない人になりたい」
「う、うぐわーっ」
ユタカがもんどりうって倒れた。
効果は極めて抜群だ!
「あ、与える者同士!! ひぃーっ」
なるほど、ユタカはどっちかというとテイカーだったわけだ。
自分の幸福が最大優先、そのために相手を見定めて、自分に都合のいいようにしようとする。
だが、俺もなつみさんもギバーだった。
で、お互いに何を提供しよう、何をしてあげようと思うから、二人でいて物凄く楽しい。
あ、なるほど!
なつみさんと過ごしてる時、過ごした後の幸福感が凄いのは、お互いに与え合っているからだったのか!
なるほどなあ。
これに気付いたら、俺はユタカになびくことはないわ。
「勝者、なつみさん! ユタカ、お前ではなんか永遠に追いつけないと思う……今回は残念だったな。もっといい男を探すんだ」
「私にとっては、春希くんが一番いい男だけどね」
なつみさんダメ押しを!!
ユタカが「うわーん」とか泣いてしまったではないか。
「女が涙を見せるのは、打算と攻撃をするためだよ。だからこの涙はムダ。つまり、もう彼女に打つ手はなくなったわけだ」
「うぐう」
もう泣くことすら封じられたかユタカ!
ぐうの音も出ないほどの完全勝利じゃないか。
ちょっと満足げななつみさんを見上げて、俺は感心してしまった。
惚れ直したなあ……。
「いやあ……すっごくドキドキした……」
そうでしょうねえ。
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