第44話 魔の手をかいくぐり、カヌーへ

 コテージに荷物を置く。

 六人までで使えるものらしく、二人きりだととても広い。


 ええと、一階はテーブルと椅子と手を洗うところがあって……。

 外にバーベキュー用の焼き器で。


「お風呂もトイレもあるんだねえ! 普通の宿みたい」


「まあまあ普通の宿みたいな感じだと思いますね。ただ、サービスはここを用意してそこで終了と言う感じで、必要なものは金を出して借りるんです」


「なるほど、素泊まりの宿みたいな感じなんだ……。あ、ロフトベッドなんだ? 男女で分かれてるのかな……」


「……分かれて寝ますか?」


 俺となつみさん、顔を見合わせる。


「さ、さすがにね……! その、一応別にね……」


「俺はこう、一緒でもいいんですけど……!!」


「うっ、うっ……!! 心の準備ができてない! 待って。お願い待ってえ」


「待ちます……!!」


 なつみさん、本当に押しに弱いなあ……!

 マッシュを遠ざけておいて本当に良かった。

 今は俺が押し放題だもんな。


『二人で一緒に寝る時はダミアンを足元に置いてもらえると助かる。メモリーエネルギーの余波を吸わせてもらいたい』


「よし分かった! 俺となつみさんのイチャイチャを存分に味わうがいい!」


「春希くん!?」


 ははは、ちゃんと覚悟を決める猶予をあげますから!


「よし、カヌーのレンタルは任せてくれ! 私だってちょっとはいいところを見せたい」


「分かりました! 頼みます!」


 なつみさんは大変張り切ってコテージを飛び出していった。

 俺は後から鍵を締めて、ダミアンをリュックに入れながら外に出る……。


「はーるき!」


「ぐわあ!」


 鍵を閉めている俺の背後から掛けられた一言で、背筋がゾゾーっとする。

 こ、この声は……!!


「ユタカ!?」


「正解!」


 俺の背中にぎゅっと抱きついてきた奴がいて、胸まで抱きしめられる。


「しまった、背後を取られた!」


「もう、春希ったら、女の子に抱きしめられているのに色気がない事を言うんだからー。私、春希を自分のモノにするために追いかけて来ちゃった!」


「うわああ、や、やめろユタカ! ここはお前の来るところじゃない!」


「パパにお願いして一緒にキャンプに来たんだよね! 春希の狙いは絶対ここだと思って、バッチリ当たった! このまま春希にキスしちゃえば、先輩よりも先に大事なものを奪えちゃうなあ……」


「くっ! お、俺の腕が届かない絶妙なポジション! まずい、このままでは……なつみさんが帰ってきてしまう!! ダミアン、助けてくれ!」


『分かった! うおーっ!!』


 バスケットボールロボが、地面に置かれたリュックから飛び出した。


「へ!? なになになに!?」


 こうなれば、ダミアンの姿を見られても構わない!

 バスケットボールロボが足を伸ばし、ユタカの額にキックを決めた。


「ウグワーッ!?」


 吹っ飛ぶユタカ。

 よし、離れた!

 脱出だ!


「助かったぜ!! よし、行くぞダミアン!」


『承知!』


 リュックの中にスポンと収まるダミアン。

 俺はそいつを抱えてダッシュした。


 まずはユタカの攻撃を凌いだか……。

 ダミアンを見られたが、こいつを危険な侵略ロボだと看過されることは早々ないだろう。

 よく分からんお掃除ロボくらいに思っていてほしいな。


「春希くん! 用意できたぞ! ……どうしたんだ、そんな必死の形相で」


 なつみさんがきょとんとした。

 ひとっ走りしてカヌーを調達した彼女はともかく、待ってたはずの俺も汗だくだもんな。


「ユ、ユタカが出ました!!」


「なんだって!? 君を狙っているという女子だろう!? どうしてここが……」


「すみません、俺の動きを読まれてたみたいです……! あいつ、とんでもない怪物だ……! 気付いたら背後に抱きつかれて」


「抱きつかれて!?」


「危うく唇を奪われそうに」


「唇を!?」


 なつみさんの声がめちゃくちゃ甲高くなった。

 うおーっ、目が吊り上がってる。怒ってる怒ってる。


「は、春希くんは私のものだ!! 誰にもやらないぞ! 春希くん! 常に私と一緒に行動するんだ!!」


「あっはい!! なんかなつみさんが凄く頼れるぞ……」


「男相手には強く出られても、相手が女だとそうはいかないだろう? ここは君と私で攻守交代というわけだ。互いに支え合うのが恋人同士だと私は思う!」


「うおおっ、なんか今の、胸にジーンと来ました! お願いしますなつみさん!!」


「任せろ!」


 こうして俺たちは準備されたカヌーに乗り込んだ。

 カヌーは二人用が四人用しかない。

 ユタカがパパとやらを説得しない限りは、こちらに攻めてこれないはずなのだ。


 案の定、さすがにカヌーまでは追ってこなかった。

 よしよし、なつみさんの狙いが当たったぞ。


 こうして俺となつみさんは、カヌーでの渓流下りを楽しんだ。

 いや、楽しんだと言うか何と言うか。


「うわああああ! カヌーが回転するう!」


「左右でバランス取りながら漕ぎましょう! なつみさん右ばかり漕ぎすぎなんで!」


「腕が疲れた……」


「オールをカヌーの上に! 俺が漕ぐんで!」


「す、すまない、情けない体力で……! 私も体を鍛えようと思う」


「いいことです! ほら、しょんぼりしてないで周りの景色を楽しみましょう! 川から見ることなんかまずないじゃないですか!」


「あ、ああ、そうだな!」


 今ばかりは襲撃者ユタカのことを忘れ、二人の時間を楽しむのだ!

 ちなみにダミアンは、カヌーの真ん中辺りに設置されてバランサーを担当していたのだった。


『何かあればダミアンがトラクタービームでどうにかする。安心していいぞ!』


 それは多分目立つやつだから、なるべく使いたくないな!


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