第35話 先輩が浴衣でやって来た

 カンカン帽に甚兵衛、草履にリュックサックという姿も、夏祭りがある日なら風景に溶け込んでしまう。

 カップル連中はみんな、そんな感じの頭が温かい格好をしているからだ!

 そして俺の頭も大概あったかいぞ!


 先輩の家までやって来た。

 この時間帯はもう会社は終わっていて、二階にある先輩の家からバタバタと走り回る音がする。


「ママ! 帯苦しい! 締めすぎ!」


「なつみったら、夏だって言うのにちょっと太ったでしょ。幸せ太り? 今日は彼氏さんが迎えに来るものねえ」


「ま、ま、まだそんなんじゃないから!」


 うおーっ!!

 なんという俺の喜びを喚起する声であろうか。

 もりもりとモチベーションが湧き上がってくる。


 二階に続く階段の前で、胸を一杯にしながら空を見上げていると。


「おっ」


 俺よりも頭ひとつ分高いところから声がした。


「あっ、ども」


 先輩父だ。

 事務の仕事も終わって、家に戻るところらしい。

 俺を指さして、ニヤリと笑った。


「似合うよ」


「ど、どもっす! なつみ先輩を迎えに来ました!!」


「おう」


 先輩父は頷き、階段をノシノシ上がっていく。

 そして俺を手招いた。


「うっす」


 俺もついていく。

 でけえ人だなあ。

 この背丈は間違いなく、先輩に受け継がれたな。


 なつみ先輩、180センチ近いもん。


「ただいま」


 ガチャッと扉を開けて、入っていく先輩父。


「迎田くん来てるぞ」


 あ、俺の名前覚えられてる!

 すると、家の中がまた賑やかになった。


「あーっ! 迎田くん来ちゃった! もういい! 胸潰さなくていいから! お腹のとこにちょっと詰め物していく!」


 先輩の女の子女の子してる声は新鮮だなあ……。

 学校とかデートの時の落ち着いたようなキャラ、あれは作ってたんだなあ……。

 ニコニコしてしまう。


 そうしていると、プーンと羽音がして蚊が寄ってくる。

 しまった、虫よけを忘れた!

 畜生、刺されてたまるか!!


 俺は蚊と大格闘を始めた。

 こいつらは俺が起こす風に乗って避けるんだよな。

 なんてたちの悪いやつらだ!!


 だが、この戦いに没頭していたお陰で待ち時間は苦ではなかった。


「ま、待たせてしまったな迎田くん」


「あ、いえいえ全然待って……うおおおおおおおおおお」


 現れた先輩の可愛さに衝撃を受ける俺。

 浴衣は鮮やかなエメラルドグリーンで、柄が……メガネだ!!

 そして帯はオレンジで、後ろでリボンみたいな形になっている。


 これは可愛い。

 長い髪を結い上げて、真っ白な首筋が見えているのも可愛い。

 背が高くなりすぎるので、草履は低いやつ。


「超可愛いです! 似合ってますよ先輩!」


「そ、そう……? ありがとう……! あっ、迎田くんも似合ってる……。なんかおしゃれだ。私たち、並ぶと結構いい感じじゃないかな?」


 先輩が嬉しそうに笑った。


「うへへ、そうですか。じゃあお似合いってことですね……!」


「そ、そうなるかな」


 おっ、否定しない!!

 見送りに、先輩父母がやって来た。


「楽しんで来てね! 迎田くん、なつみをよろしくね!」


「頼むぞ」


「うっす!! 任されました!!」


「よろしくって何~」


 俺は威勢よく応え、先輩はめちゃくちゃ照れた。

 もうここにいる全員、この先に何があるかを理解しているぞ!


 そう!

 今日を特別な日にする…………!!


「あっ、そうだ迎田くん! なつみも! はい、虫よけ」


 プシューっと全身にスプレーを掛けられた。

 さっきまでまとわりついてきていた蚊が、まごまごしている。

 ざまあみろ!


 俺はいい気になって、先輩とともに移動を開始した。

 目指すのは、ここから一駅戻ったところ。


 先輩の町とユタカの住んでる町の間だ。

 そこに、ミクダリ様という神様を祀っている神社がある。

 ミクダリ様はなんか、空から降ってきた神様らしいので、ここは神道の系列じゃないのでは……? みたいな疑惑があるがまあいい。


 その名も御降(みくだり)駅を降りると、ちょっと向こうの変な形の岩山が見える。

 半分砕けたいびつな岩山が、大地に突き刺さっているかのようだ。


 あの岩山そのものが神様なんだそうだけど、ある時罰当たりな学者がちょっと削って調べたところ、丸ごと隕石であることが明らかになったとか……。

 それ以来、ミクダリ神社は調査にやってくる学者たちとバトルを繰り広げているらしい。


 面白いところだなあ。

 で、ここで行われる夏祭りは俺が子供の頃から参加してたのだ。

 去年は美来と来た気がするなあ。

 その記憶はもうほとんど無いけどな!


 新鮮な気持ちで参加できるぜ……。


「確か……本当のお祭りの名前は今の人間には発音できないんだろう? だからまとめて夏祭りという名前にしてるとか」


「なんか裏に変なのがいそうな信仰ですよねえ。でもま、楽しければOKです!」


「そうかな……そうだな!」


 俺が手を差し出したら、先輩がハッとした。


「迎田くん、そ、それは……!」


「夏祭り、人が多いでしょう……。はぐれたら大変ですし、俺はこう見えて強引に突き進む根性があるんで、頼ってほしいんですよ! 手を……つなぎましょう!!」


「う、うん!!」


 先輩の手が重なって来た。

 よしよしよしよしっ!!

 見てるかダミアン!

 お前がいなくても、俺はやってみせるからな!


 目覚めた時には、俺と先輩の関係は進展している!

 楽しみにしていろよ……!!


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