第34話 気を取り直して夜へ

「無事なら良かった……!! では、俺はこれで」


 よろよろ立ち上がると、先輩がサーッと駆け寄ってきて俺をがっちり支える。


「フラフラじゃないか! それにダミアンも全く動いていない。一体どうしてこんなことに」


「先輩の危機を感じ取って俺達の全機能を使って駆けつけたんです。ダミアンは夏祭りの最中に再起動すると思いますよ」


「そうなのか……! 済まない、私がもっとしっかりしていれば……。茸田くんに言葉巧みに誘い出されてしまって、気付いたらふたりきりだったんだ」


「うむ、先輩は純粋なところがあるので、ああいう悪意の煮凝りみたいなやつは本当に危険なんです。幸い、今回は俺があいつの心を折ってやったので当分手を出してこないと思いますが……それよりも大事なのは、今夜の夏祭りで伝えたいことがあるんです。俺も準備があるので、これで……!!」


「せめて麦茶とお茶菓子を食べていってくれないか」


「いただきます」


 栄養補給はしたいところだったのだ!

 麦茶の他に出てきた水ようかんなどを貪り喰らい、俺は事務所を後にする。


 すると、なんかデカくて熊みたいな印象の先輩の父上がやって来て、俺の肩をコツンと拳で小突いた。

 こ、これは……!

 見上げると、頷く先輩の父上。


 認められたようだな……。


「では先輩、また夜に!」


「ああ、夜に会おう、迎田くん!!」


 そこに先輩のお父上が巨体に見合わぬ軽快な動きで近寄っていき、先輩の耳にぼそぼそ耳打ちした。


「そ、それは! お父さんそれは恥ずかしい……」


 またぼそぼそ耳打ちしている!

 なんだなんだ……。


 先輩はちょっともじもじして、シャツの裾を握りながら赤くなった。


「そ、その……。夜に、またね、春希くん」


「あっはい!! えっ!? 名前で!? うおっ、うおーっ!! また迎えに来ますよ! うおおー!!」


 俺は喜びのあまり飛び上がり、体の痛みも吹っ飛んで駅までダッシュした。

 電車の中でも落ち着かず、先頭車両から末尾まで歩き回り、また戻ってきたりして過ごした。


 そして自宅に戻り、水のシャワーを浴びて「ッシャアッ!!」とか叫ぶ。


「気合入ってるわねえ!!」


「気合めちゃめちゃ入ってるよ!! もうやるしかねえ!! 告白は! これまで積み上げてきた過程の確認作業!!」


「頑張れ我が息子よ!!」


 素っ裸でシャワー浴びてるところを、平気で母が見てるわけだが、この状況に気づかず俺は母とハイタッチした。


「うわーっ水が顔に飛んだ!!」


 退散する母。

 そりゃあ飛ぶだろ、今シャワー浴びてるんだから。


 さあ、冷水で体を引き締めたら、筋トレの追い込みだ。

 なぜ筋トレをするのか?

 体の中から溢れ出すリビドーというか、なんかもうこれイケるやろ!!というエネルギーが止まらないからなのだ!


 必死に消費せねばいてもたってもいられない。

 ダミアンが目覚めていれば、また何か言ってくれたことだろう。

 だが、俺の相棒は力を使いすぎたために眠りについている。


 静かなダミアンは本当にちょっと変わったバスケットボールだ。


 こんなに俺の部屋は静かだったんだな……。

 ドッタンバッタン筋トレしながら、俺はちょっとしみじみした。


 そして少しだけ仮眠。

 目を閉じて目を開けたら夕方だった。


 まずい!

 時間旅行をしちまった……!!

 ワームホールを移動して、どうやら俺の体は思っていたより疲れていたらしい。


 床に置いておいたダミアンは、わずかに発光が戻ってきていた。

 エネルギーの充填が行われているんだろう。

 こいつは周囲のメモリーエネルギーを少しずつ吸収して、機能を高速で復活させるようだ。


「ダミアン。お前の力を借りず、ここからは俺の力でやってみるよ」


 バスケットボールロボを撫でるとひんやりしていた。

 メモリーエネルギーはそこまで熱量と関係ないのかな。


 よし、一応こいつも持って行ってやろう。

 いつものリュックに詰め込み、軽く腹ごしらえをした。

 おにぎりである。


 冷蔵庫に入ってた米をレンチンし、サッと握って中に梅干しなどを詰めた。

 これをパッと食べる。

 体内に染み渡る炭水化物とクエン酸。


 やるぞ……!

 俺はやる!


「春希! これを着ていきなさい」


 突然姿を現す母だ。

 手には、なんか甚兵衛がある。


「そ、それは……!」


「お父さんが若い頃に着てた……ううん、私が買って着せた甚兵衛よ! 恥ずかしがって、毎年夏に一回ずつしか着てくれなかったけど、彼がスマートな体型の頃のだから今のあなたには合うはず。先輩さんは浴衣で来るんでしょう? だったらあなたも合わせなくちゃ!!」


「確かに。ぐうの音も出ねえ……」


 俺は完全に納得した。

 父の思いを受け継ぎ……いや、これは母の思いを受け継いだことになるのか?

 さらに草履、そしてカンカン帽。


「この帽子なんでうちにあるの」


「それもお父さんに買ってあげたんだけど、恥ずかしがって被ってくれなかったの」


「あの人、おしゃれとか晴れ着とかに抵抗あるもんな……」


 常にワイシャツとスラックスの男だからな。

 それ以外の服装が恥ずかしい人なのだ。


「パーフェクトよ春希。この完全装備で決めてきなさい! そして私に小説のネタと人生の潤いを提供してちょうだい! ……あ、そのリュックはダサいわね……。えっ、ダミアンちゃんが入っているの? なら仕方ないわね。ダミアンちゃんはあなたをずっと助けてくれた大事な友だちで、我が家の家族だものね」


「ああ。見た目がダサくなっても、こいつを置いていく選択肢はない。一番大切なシーンをダミアンに見せてやりたいんだ」


 俺は玄関の扉を開ける。

 蒸し暑い夕方の空気と、セミの鳴き声が聞こえる。

 どこからか、祭り囃子が響いてきているような気がした。


 いざ、決戦の刻。

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