第22話 先輩と平和記念公園

 平和記念公園って言う名前の公園は全国にあるのだ。

 で、ここはその数多ある中の一つ。


「なるほど、流石平日。ほどよく空いているねえ……」


 先輩は帽子のひさしのしたに更に手をかざし、周囲を見回す仕草をする。

 今日もかわいい。


 長い髪を後ろでまとめて、パステルイエローの帽子を被っている。

 身にまとうのはピンクのシャツだけど、袖周りがイエローになっている。

 目にも鮮やか……!

 メガネはいつだったか見たピンク色のフレームだ。


「今日のテーマカラーは黄色ですか。大変、可愛いくて似合っていると思います!!」


「そ、そうか……! その……ママ……母が買ってきた服なのだが」


 ママ!?


「私には明るすぎると思って着ていなかったんだが、先日の水着を経てしまうとな……! 怖いものが無くなって着ている感覚がある。こうなればいっそ、と着てきたが気に入ってもらえて何よりだ」


「先輩がそういうスポーティな格好してるのはかなり今までと違うイメージですね。いいと思います!!」


「そうか、そうか」


 めちゃくちゃ嬉しそう。


「迎田くんもそのシャツは個性的だな」


「個性的でしょう? お豆腐箸で持てるっていうシャツで……」


 これは俺が自分で選んだやつだ。

 ネタTだが、こいつがどうして。

 布地がしっかりしていて、中学の頃から着ているのにクタクタにならない。


 だが……俺が体に筋肉をつけつつあるので、少しずつピチピチになり始めている気がする……。

 ふふふ、もっと、もっとデカくなれ俺の体!


『ハルキ! この辺りはメモリーに満ちてはいるな』


「おおダミアン。そうだろうそうだろう。戦時中の悲劇を忘れないように、追悼の意味を込めて作られた公園だからな」


『ああ。古いメモリーに満ちている。だが、古いメモリーは薄れていって消えてしまうのだ。恐らく大半のメモリーは消えているだろう』


「そうなの!?」


 メモリーとか言うの、ずっと残ってるんじゃないのか。

 ああいや、それじゃあダミアンはどこに行ってもメモリーがたくさんあるように言うはずだもんな。


 自宅の近くにあった喫茶店は、スッカスカだったそうだし。

 多分、何十年とか単位で薄れていくものなのだ。

 で、そこに生きる今の時代の人間が新しいメモリーを塗り重ねていく……的な?


 こうして俺たちは公園デート……いやいや部活動を開始した。


「一応、史跡みたいなものだからね。歴史を調べていこう。アリバイだ、アリバイ……」


 先輩がパシャパシャと石碑とか石像を撮影している。

 そして屋台の一つでジュースなどを買って休憩。


 おお、生き返るー。

 殺人的な日差しは相変わらず。

 こんな状況が三ヶ月も続くんだもんなあ。

 夏は全く過酷だぜ。


 先輩も大いに汗をかき、シャツが体に張り付いている。

 ブラのラインが浮いて見えてますな……。

 相変わらずでかい……。


 夏は全く最高だぜ……。


「迎田くん」


「アッハイ!!」


 先輩の全身を眺め回していた俺、強制的に我に返る……!!


「アリバイはこんなものでいいだろう。動物園行こう、動物園」


「あ、いいですね行きましょう……」


 妙にウキウキしている先輩なのだった。

 もしかして、動物園大好きなんです……?

 奇遇ですねえ俺も今大好きになったところなんですよ。


 二人でランランと、平和公園内の動物園へ向かった。

 おお、引率の先生に連れられた幼児たちがいる。

 保育園が動物園を見に来たんだなあ……。


 微笑ましいものを見た、と俺はニコニコになる。

 今の俺は何だって受け入れられるぞ。


 券売機で入園チケットを大人二枚購入。


「ここはやはりかっこよく俺が奢りを……」


「何を言うんだ。先輩たるもの後輩に奢られてどうする。割り勘だ割り勘」


「なんですって」


 くっそー、まだ先輩後輩の関係からは抜け出せていないか。

 間違いなく、ユタカの百倍くらい攻略が難しいだろうからな、なつみ先輩。


『そうか? 押せばすぐではないのか?』


 うるさいぞダミアン。

 少しずつ先輩との仲を良くしていこう。

 そして先輩に言い寄る男がいたら一瞬で記憶をダミアンに吸わせて赤ちゃん返りさせる。

 完璧だ。


 そんな並んで券を買っている俺たちを、幼児がぼーっと見ていた。


「おっ、なんだなんだちびすけ」


「おにたんとおねたん」


「おう」


「ふーふなん?」


「そうだぞ」


「ぶはっ」


 俺がノータイムで幼児の質問に答えたので、先輩が吹き出した。


「ちょっ、ちょっと待つんだ迎田くん!! 子どもにいい加減なことは……」


「俺と先輩の複雑な関係性をこんな小さい子に教えるのは難しいと思うんですよね。ここは分かりやすいストーリーを聞かせてあげたほうが」


『ハルキが絶好調だな!』


「危ない、言いくるめられるところだった……!!」


「妄言も現実化してしまえばいい……」


「何か言ったかい?」


「ご要望とあればもう一回言いますが」


「グイグイ来るなあ……!」


 そう言いながら、まんざらでもない顔してる先輩なのだ。


「脈はあるよなダミアン」


『ナツミのメモリーエネルギーも盛り上がって行っている。選択肢は間違っていないぞハルキ!』


 本当に頼れるわダミアン。

 ニヤニヤしながらバスケットボールロボをぺたぺた触っていると、「あ、春希!」という声がした。

 なにぃ……!?


 振り返る俺。

 そこには……。


 いい感じに日焼けして、肩丸出しのキャミっぽい服を着た美来がいたのだった。

 こ、こいつ……!

 中学から一年ですっかりギャルっぽくなりやがって……。


「へえ、美来の幼馴染って彼なんだ? どうも、茸田瑠偉です。よろしくう」


 マッシュルーム!!

 よくぞ俺の前に顔を出せたものだ。

 ややニヤニヤ笑いを浮かべ、声もネットリしててちょっと中性的である。


「迎田春希です。よろしくお願いしますよ先輩……」


 俺はニチャア、と笑みを浮かべてみせた。

 マッシュルームはニヤニヤしながら、目だけ真顔になった。

 俺とマッシュの間に、張り詰めた空気が満ちる。


「おい迎田くん! なんだかチケットに当たりって書いてあるぞ! ペンギンのエサやりが一回無料だそうだ! やったぞ!!」


 そこに、子どもみたいにはしゃぎながら登場するなつみ先輩。

 一気に空気がぶっ壊れた。


「あ、祐天寺さんも来てたんだ……!? えっ、意外な服。う、うん、まあ似合うよ、うん」


 てめえマッシュ、言葉を濁しやがったな!


「いやいやいや、なつみ先輩蛍光ピンクのシャツと蛍光イエローの帽子にホットパンツめっちゃ似合いますよ最高ですよ」


 俺はめちゃくちゃ先輩を持ち上げた。

 これを見て、美来がハッとする。


「春希、あ、あんたまさかもう……!」


 ハハハハハ!!

 美来!

 お前は既に俺の過去だ!!


 こうして、なんだか入口から波乱になる動物園なのだった。

 もう、俺たちが既にドロドロの猿山だよ。


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