第20話 友人系キャラの誘惑

 しまった……!!

 俺は、油断した……!!


 ファミレスでスイーツを奢った後、機嫌が良くなったユタカに「細かい説明はもうちょっと静かな場所でするので」とか言われ、なるほどと頷いてしまったのだ。


 気づくと……カラオケボックスに二人きりでいた。

 しまった!!

 密室に!

 女子と二人きり!!

 正確にはダミアンもいるから、いざとなれば記憶を吸って……。


「ほいほいほいっと」


 そんな俺の焦りなど全く気にせず、なんかボカロ曲などを入れて歌い出すユタカなのだった。

 上手い。

 こいつ……歌いこんでいる……!!


 俺は戦慄し、思わず近くにあったタンバリンを打ち鳴らしながら合いの手を入れてしまった。

 ユタカの目がキラキラ輝き、歌も絶好調。

 ノリノリで一曲歌い終えた。


「まさか初手で得意曲を入れてくるなんて……」


「迎田くんだって、そんなに合いの手が上手いなんて聞いてないって! めっちゃ歌いやすかった……」


「カラオケ動画は研究し尽くしているからな。運動部ではない男の暇な時間の多さを舐めるなよ……!」


「……普通にうちらって相性抜群なのでは?」


「やめろ! 俺を誘惑するんじゃない……!! じゃあ次は俺の歌……」


「あーっ、バケモンのイメソンだったあれでしょ!? 凡夫オブ冶金(ぼんぷおぶやきん)の!」


 バケモン……バケットモンスターの略称である。

 そして凡夫オブ冶金は声変わりが完了した俺が、これ幸いと歌い込んだアーティスト。


「刮目せよ!!」


「そういう掛け声最初にあったっけ?」


 ない。

 ユタカに分からせてやろうと思ってな……!

 俺は熱唱した。


 ユタカも体を左右に揺らしてノリノリになり、サビでは一緒に歌いだす。


『ハルキとユタカは相性抜群なのでは……?』


 うるさいぞダミアン!!


 歌い終わった後、ユタカとハイタッチした。


「超楽しい!! 友達と来てもさ、お互い分かる歌を入れるみたいな縛りがあるでしょ。みんなボカロ知ってるわけじゃないし。で、忖度してPickPockでよく聞くやつとかを入れる……。友達付き合いだから別にいいんだけど」


「分かる、分かるぞ……。だが俺たち男のカラオケは自分が気持ちよくなることが一番で歌う。いや、多分一緒に行く奴らがおな中(同じ中学)だったオタクどもだからだと思うが……。これで俺は、90年代のアニソンなんていう古代の曲を叩き込まれた……」


「カラオケ戦士だねえ……。じゃあその合いの手ももしかして」


「そうだ。知ってる曲なら勝手にハモリ、コーラスをやり、合いの手を入れる。それがエリートオタクだ。俺はごく一般レベルのオタクだと思うんだが……」


 おな中の連中と、その大学生の兄たちとカラオケに行き、男だらけのカラオケ大会を春休み中、平日フリータイムを利用。

 開店の10時から17時までぶっ続けでよくやったものだ。


「意外なスキルだった……。そりゃあ美来と合わないはずだ。あの子、流行りの曲とか流行りものが一番好きだもの」


「馬鹿な、俺のスタイルもカラオケの流行りのはず」


「割と高度なスキルだよ? あ、次は私の曲で」


 今度はメロディアスなボカロ曲!!

 どうやらユタカは、ボカロ曲を使ってやるリズムゲーにハマっているらしい。

 なるほど、それで古い曲を次々に覚えたんだな。


 しかも上手い。

 美来とカラオケに行ったことがあるが、普通だった。


『ハルキの中でユタカのメモリーが増加してきているぞ!』


「くっ、まずいな……。この女、相当な策士だ……。聞かせてくる歌い方だから思わず傾聴しちまう……。負けねえぞ……!!」


『ハルキ! 目的を見失うな! ここで勝利はとくに恋愛に関係しない!』


「男には負けられねえ戦いがあるんだ! それはここだぜ!! うおおー!! ブラボー!!」


 歌い終わったユタカを、タンバリンを鳴らし、叩いてリスペクトする俺。


「歌い終わって歓声浴びるの超気持ちいいーっ!! はあ、はあ、カラオケめちゃくちゃ楽しい……。もう、私が春希に奢っちゃう。すみませーん、からあげポテトボックス一つ……」


 ユタカが俺に奢り……!?

 ここで俺、ハッとする。

 そもそも普通にカラオケしてたが、俺たちは本来デートスポットの話をするために来たのでは無かったのか!


 これはユタカの術中……!?

 あと、今何気に俺を名前で呼んでなかったか!?


『ユタカの中でハルキに関するメモリーが急上昇しているぞ……! まずい、これはまずいぞ……!!』


「くそっ、なんてことだ! だがここで俺の歌だ。ユタカ! お前がボカロで来るなら俺もボカロで迎え撃つ!! 悠久の独唱歌だ!!」


「うあああああああ」


 ユタカが手をバタバタさせて感激する。


「私たちのカラオケ、男子いないし、いてもこういうの歌わないから超嬉しいー!!」


「傾聴せよ!!」


 ということで、歌いきる俺である。

 ちなみに俺の特技は、三回くらい通して聞くとその歌のメロディラインを完璧に把握するので音を外さずに歌うことである。

 特に用途が無かったが、こんなところで生きてくるとは……。


 やがてポテトからあげボックスが運ばれてきて、歌いきった後に二人でジュースで乾杯しつつ貪り食った。

 あと、オマケ程度にデートスポットの説明を受けた。


 なるほど、参考になる……。

 その後、俺たちは夕方まで声がガサガサになるまでカラオケをしたのだった。


 何も!

 いかがわしいことは無かった!


 だが、全力で完全燃焼した。

 別れ際のユタカは、店を出た瞬間に俺の両手を握った。


「またカラオケ行こうね……!! サイッコーだったから!! もう、春希スキスキ!! じゃあね!!」


 去っていってしまった。

 !?

 今、やつは俺にスキスキと言ったか!?


「な、なんだ……? 盛大にややこしい状況を作り出してしまったような気がする。どうしてこうなったんだ……!」


『ハルキは自ら新たなプロブレムを作り上げたのだ……!! ダミアンとしてはどちらでもいい。いっそ両方……』


「ノー!! この世界では重婚は許されていないのだ!!」


 くそっ、俺の恋路は前途多難なのだ。


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