第19話 罠と分かっていても飛び込まねばならぬ

 約束の日……つまり翌日になった。

 ユタカとの待ち合わせ場所に行かねばならない。

 あの女の誘惑を掻い潜り、必要な情報だけを引き出す手腕と胆力が、今! 問われているのだ!


 隣駅に到着。


「ここがあの女のホームタウンね……!」


 先輩の住む町の隣の隣だ。

 高校は俺の町にあり、そこは大変な田舎である。

 田舎で静かで、畑と年寄りと個人商店しか無い。


 閑静な環境が教育にいいということで、高校はわざわざ町中から移ってきたのだと言う。

 さて……。

 ユタカの町も地元よりはちょっと栄えていても、所詮は田舎……。


 ロードサイドに見たことがあるチェーン店ばかりの町で、そこから外れると無しかなくなる。

 何も無いのだ……!


 なので、自然と遊ぶのはロードサイドになる。

 カラオケボックスか、ファミレスか、コンビニの三択だ。

 買い物は遥か遠くの超巨大ショッピングモール、アイオーンに行くことになる。


「ここか」


 迷うこともなかった。

 この町にファミレスは一つしか無いのだ。

 そして隣がカラオケボックスであり、さらに隣がコンビニで、その奥にラブホがあった。


 なんという並びだ。

 教育に悪い。


『メモリーに溢れた町だ。だが、古いメモリーばかりだ』


「時折、深いこと言うんだよなダミアン」


『ハルキの町の方が新しいメモリーに溢れている。どうしたことだ』


「学校があるからな。俺等ガキは、エネルギーあるじゃん。だからダミアンの好きなメモリーがどんどん産まれるんじゃないか?」


『なるほど! 若い個体ほど高エネルギーのメモリーを生み出すのか!』


 納得したらしきダミアンなのだった。

 さて、ファミレス前で十分ほど。

 ちょうど待ち合わせ時間になった。


「お待たせ~」


 ピッタリの時間を見計らっていたかのように声が掛かった。

 来たなユタカ!


 俺は身構えた。

 眼の前には、いつもはツーサイドアップにしている髪をくるっと結い上げて、スッキリした感じになったユタカがいた。

 肩がむき出しになった首だけで支えてるみたいなブラウスを着てるぞ!


「んふふ、どう? どう? ホルターネックのブラウス。超安かったんだけど結構イケてない?」


「ぬぐぐぐぐ……! くぅっ……!!」


「あれ? どうしたの? 女の子に気の利いた言葉をかけたりしないのかなー?」


「肩がむき出しで……ムラっと来る……!!」


「ほひ」


 なんかユタカが変な声を出した。

 俺も変なこと言っちまったぞ!!


「くっ、セクハラではないぞ!! 今のは独り言! 独り言だ!!」


「ははーん。で、どう? そのムラムラな迎田春希くんとしては、この私の肩はどうかなぁ……?」


「やめろ、挑発をするんじゃない……! ぐわあああ華奢な肩がグッと来るなんてとても言えねえ! くっそ、ファミレスに入るぞユタカ! これ以上のやり取りは分が悪すぎる!!」


「ちっ、耐えたか……」


『ハルキ、やはりこのユタカという娘も』


「だめでしょ!」


『ウグワーッ!』


「? なんか渋い声がした?」


「ファミレスの店内放送だろう……」


 俺は上手く誤魔化した。

 案内された店内は、よく冷房が効いており、大変過ごしやすい。

 ユタカはなんか肩がけをどこからか取り出して羽織った。


 ……涼しいところに着てわざわざ着るものを羽織るというのは一体……。

 俺の視線に気付いた彼女が、


「女子は筋肉が少ないから冷えやすいの! ほら、よくエアコン温度あげてって騒いでる子いるでしょ?」


「いるなあ……」


 だが我がクラスの男たちはスパルタンなので、頑としてエアコンの温度は上げないのだ。


「迎田くんはそういうところ気が利かないなあ……」


「ああ。俺は一緒に筋肉つけてもらって体温を保持できるように応援しちゃうからな……」


「うおっ、我が道を行くタイプ……!!」


 なんだ!?

 ユタカの目が爛々と輝き始めた。


『ハルキ、ユタカのメモリーエネルギーが跳ね上がったぞ! どうやらユタカのツボをついたらしい』


「今のがかよ!? 分からん……」


「やっぱり迎田くん、誰かと会話してない?」


「してない」


 よし、上手く誤魔化した。

 とりあえず山盛りポテトとドリンクバー、そしてユタカには季節のフルーツパフェを奢る……。


「ありがとうー! ふふふ、今回の情報量はこれでよしとしましょう」


 ドリンクバーのチョイスは、俺が青汁。ユタカはメロンソーダとコーラのちゃんぽん。

 性格が出るな……。


「なんで青汁?」


「今筋肉をつけてるところだからだ」


「筋肉を!? それってなんで? やっぱあれ? 先輩のため?」


「そうだ……」


「直球で肯定してきたわね……!!」


「お姫様だっことかしてあげたいからな……!! 美来よりも遥かにでかい先輩を抱え上げるには、こちらにも相応のフィジカルが要求される!」


「面白すぎるこの男」


 ユタカはもう笑いが止まらないという感じだ。

 そんな流れで、上機嫌なユタカからデートスポット情報をもらった。

 スマホで転送されてくるのだが、これのプレゼンを目の前で彼女がやってくれる。


 俺はLUINE上で十分だったんだが……。

 まあ、それじゃあこっちがもらうばかりだしな。


「平和記念公園か」


「そそ。夏休みの季節には、屋台やキッチンカーが出てるし、公園の奥には動物園もあるでしょ? ここはかなりベストスポット。園内を歩き回るだけでもいいし、動物園に行ったら話のネタには事欠かないでしょ?」


「本格的なプレゼンだった。おみそれしました」


「ふふふ、仕事には手を抜かないタイプなの」


『お待たせしましたワン』


 おっと、配膳ロボットがやって来た。

 ダミアンがこれに反応する。


『同胞……? いや、原始的なタイプか。あと二十年はまともに会話できるようにはなるまい』


 ダミアンはうっかりできるくらい高度な思考能力を持ったロボットだもんな……。


「来ました来ました、フルーツパフェ!」


「ポテトもな」


「男子ってすぐポテト頼むよね……。太っちゃうじゃん」


「ユタカ体重気にしてたのか」


「いや、私はもっと肉をつけないとなんだけど……女子としてのポーズはさ」


「確かにな」


 まずいな。

 この女、話しやすい。

 危険だ……!!


 俺は警戒心を新たにし、絶対にユタカの誘惑には乗らないと誓うのだった。


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