第16話 ビニールボートと泳ぎを教える

 先輩と肩を並べて、ボートを海に押し出す。


「よし、俺が押すんで先輩は飛び乗ってください!」


「分かった! とう! うわーっ」


 ボチャーンと落ちた!

 すらっとしてて胸とか尻とか太ももがむっちりしてるのになんでどんくさいのだ……!


「うーわー、わ、私、泳げな」


「なんだってー!! 先輩、ここは腰までの深さです!!」


 俺は駆け寄って、先輩の体をガッと抱きしめて立ち上がらせた。


「あっ、本当だ足がつく……」


「まあ、足がついても溺れはしますからね……。いいでしょう。俺が先輩に泳ぎを教える……!!」


「な、なんだってー!! いいのかい? せっかく遊びに来たのに、私に泳ぎを教えるなんてことで潰しちゃって」


「ハハハむしろご褒美ですよ」


 抱きついているから、先輩の柔らかいのが存分に体感できているしな!

 いっけね!

 俺の元気さんが凄く元気になってきた。


 俺はサッと離れた。

 付き合ってもいないのに押し当ててはいけない……!!


「まずはボートを拠点にして、足がつく辺りでバタ足の練習をしましょう。えーと、あっちが浅瀬ですね」


「迎田くん、手伝ってくれないか? この高さの不安定なボートに乗り込むのはなかなかきつい……」


「いいでしょう……」


 これは彼女を押し上げる時に、合法的に先輩の足とかに触れる……。


「その、お尻を持ち上げるのを手伝ってくれ」


「お尻を!?!?!?!?!」


 頭をぶん殴られたような衝撃に、俺は思わず甲高い声で叫んだ。

 いやいや、落ちつけ迎田春希よ。

 先輩公認でお触りできる……いやいや、彼女の手伝いをできるのだ。

 これは健全、健全……。


 俺は心を無にしながら、いや、全く無にできず、鼻息を粗くしながら先輩のお尻を持ち上げてボートの中に転がした。


「ありがたい! うわーっ、プカプカしているなあ! これはいいな! だが、日差しから逃げられないな!」


 ハハハ、と楽しそうに笑う先輩。

 俺は彼女のその姿に毒気を抜かれるの半分、無自覚エッチは年頃男子を狂わせますよ先輩!みたいな気持ちを半分にしながらボートを押した。


『いいぞいいぞハルキ! メモリーエネルギーの溢れ方がこれまでで最大だ! いいな。カイスイヨクは実にいい。ダミアンの仲間たちも大変な関心を寄せている。世界中でダミアンの仲間たちが人間をカイスイヨクに誘うぞ!』


「そうかそうか! みんなで幸せになろうなって伝えてくれ!」


『ああ。仲間たちからハルキへ、助言を感謝すると返信ありだ! ありがとうハルキ!』


 ダミアンの仲間も世界中で頑張っているのか。

 世界中……?

 まあいいか。


 浅瀬までやって来たところで、先輩に降りてもらう。

 こわごわと足を降ろした彼女は、めちゃくちゃ浅い事が分かってホッとしたようだ。


「ちなみに浅瀬から一歩踏み出すとこっちは俺の肩くらいの深さ」


「ひいいい」


「なんて弱々しい悲鳴を! 俺がずっと手を握っているので安心ですよ!」


「そ、そうか! 頼むぞ迎田くん……! 私の命は君のサポートに掛かっているんだ……」


 なんというスケールの大きな話に……!

 だが、こうして先輩の手をずっと握っていられるぞ。


 水の中に浸かった彼女に、顔をつけること、足をバタバタさせることを教える。


「は、鼻に水が入るのが怖いんだが」


「気持ちは分かりますが、息を止めて頑張りましょう……」


「わ、分かった! ……顔をあげたら駄目かな?」


「人体の中で頭の比重ってかなり重いんですよ。なので顔をつけるだけで浮きやすくなるんです」


「そうなのか……! 君は詳しいな……。さっきの活躍といい、知的な軍師タイプかも知れない」


 そ、それって先輩の好みのタイプってこと!?


「あっあっ、手が離れそうだ迎田くん! 迎田くん!」


「うおっ、すみません! 俺に掴まれーっ!」


 ということで、バシャバシャやってもらった。

 うんうん、この人、浮くわ。

 男子よりも女子のほうが脂肪が多いから浮きやすいというのはあるけど、なつみ先輩の場合はなかなか脂肪が多めなのでプカアッと浮く。


「思ったよりもふわっと体が浮かぶものなんだな」


「人によりますがなつみ先輩の場合はそうです」


「それはつまり、私に余計なお肉がたくさんついているという意味じゃないのかな?」


「違います違います素晴らしいお肉です」


「フォローになってない!」


 小突かれてしまった。

 ハハハ、まるで恋人同士のようではないか。

 絶対にこの夏中に決めてやるぞ……!!


 俺は決意を新たにした。

 バタ足の模範演技として、ボートを押しながら泳ぐ。


「じゃあ次は先輩が」


「ふふふ、さっきバタ足をマスターした私に任せなさい。うわーっ」


「うおーっ、沈んだ! 先輩、脱力脱力! 体の力を抜けば浮かびますから!! んもー!」


 俺も飛び込んで、先輩をまた抱きしめながら立ち上がらせた。


「海は恐ろしいな……」


「全くその通りなんですけど、下手にもがくと沈んだりすることもあるんですよ。力を抜くと浮かびますから」


「な、なるほど……。詳しいな君は」


「趣味がネットサーフィンなんで、ネットで調べた知識だけはふんだんに持ってますよ。粉塵爆発とか」


「なるほど、我が部らしい技能だ……! ちなみにこの検索エンジン、グググールはミームやサジェストが汚染されて正確な情報を得られなくなっている。この状況で正しい情報と思われるものにたどり着く技……これを我が部ではグググール夫(ぐぐぐーる・ふー)と呼んでいる。君はこのグググール夫の達人というわけだな」


「なんと微妙な……いや、重要な技なのか?」


「それはそうと……迎田くん。その、あの、当たっているのでそろそろ……」


「あっはい! はい!」


 俺はサッと離れた。

 しまった、俺の元気くんが元気すぎるのを完全に察されてしまった。


「わ、私のようなデカくてメガネで文系の女でも、その……興奮するものなのか?」


「大好物です……!!」


「断言した!」


『ちなみにだが、ダミアンは水上活動を可能にするため、高い浮力を持つ気体を生成しての急速浮上が可能になっている。いざとなったらダミアンに掴まるのだ』


「それ、その気体の噴射で俺たちがふっ飛ばされそうなんだが?」


 だが、ダミアンの便利機能は覚えておこう。 

 なんかに使えるかもしれないしな。

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