第13話 到着、海水浴場
窓から海が見えてきた。
おお、日差しを受けてキラキラ輝いている。
この辺りは整備されていない砂浜で、少し行くと民家と防風林がある。
「準備はいいかな、迎田くん。ここからが私たちの部活だぞ」
「はい部長、準備万端です。海の家に予約だってしてるんで」
「素晴らしい! 行くぞ!」
扉が開くと、潮風が吹き込んでくる。
めちゃくちゃ、海に来たって感じだ。
俺はダミアンを背負って立ち上がった。
冷房が効いた車内から、うだるような暑さの外。
だが、海が近いせいかちょっとマシな気がする。
あまりに暑すぎるとセミが鳴かない。
なので、聞こえるのは電車を降りる人たちの話し声だけ。
田舎の駅だから、テレビで見る都会みたいにざわざわしてるわけでもないしなあ。
「他のお客もみんな海水浴に行くみたいですね」
「それはそうだろう。この辺りなんか海の家しか無いんだ。ああ、でも道をちょっと行けば他にご飯を食べられるところがあるかも……。腹ごしらえしてから行くかい?」
「いいえ! 俺は海がいいですね! 水着も新しくしてきたんで」
「ほう、迎田くんの水着か……。時に、さっきの感触は結構ガッチリしてたような気がしたんだが、鍛えていたりする?」
「いいえ、自然体です……」
嘘である。
なつみ先輩と海に行くということで、俺は付け焼き刃ながら体を鍛えた。
腕立て、腹筋、スクワット。
海水浴の日まで、毎日朝と夜に3セットずつやった。
お蔭でちょっと体に筋肉がついた気がする……。
『ハルキの涙ぐましい努力の成果を楽しみにしていてくれナツミ!!』
「うおお言うんじゃねえダミアン!!」
こいつなんでも全部言ってしまうな!!
「ほほーう、私との海水浴……いやいや、海での部活動のために体を鍛えていてくれていたんだな?」
感心感心、とちょっとうれしそうななつみ先輩なのだった。
駅は無人駅で、切符を入れる改札機だけが設置されている。
これを通過したら、もう坂道しかない。
防風林の間に設けられた道を下っていくと、視界には一面の海が広がる。
「これは……文化系の人間だと言うのに……遺伝子が……走り出せと言ってしまう!!」
なんか理由をつけながら、なつみ先輩が走り出した。
真っ白なサンダルでパタパタと坂を駆け下りる。
「負けませんよ! うおーっ!!」
俺も吠えながら、彼女の後を追った。
まあ、男子と女子。
ハーフパンツとワンピースだから、すぐに追いついてしまうんだが。
「く、くそ~! もう追いつかれた!」
なんだか悔しそうな先輩なのだ。
俺は彼女を追い越すのも悪い気がして、速度を合わせてトコトコと駆け下りることにした。
ちょっとひび割れたコンクリートの坂を降りきると、細い道路。
そこを渡れば、また坂道があっていよいよ砂浜だ。
足がザクッと、砂を踏んだ。
海についた……!
実感が湧き上がってくる。
今すぐ、海に走り出して飛び込みたい!
俺は大変テンションが高くなっていて、そんな事を考えてしまった。
だが、そうは行くまい。
水着に着替え、なつみ先輩の水着も拝まねばならないのだ。
「じゃ、じゃあ先輩」
「あ、ああ。エスコートしたまえ、迎田くん」
俺はちょっと緊張して、なつみ先輩は走ったせいで息が上がっていて、なんかどもってしまった。
炎天下で走ったものだから、お互いにドッと汗が吹き出している。
これはよろしくない。
まずは日差しを避けるとしよう。
予約をした海の家に向かう。
そこまで大きくないところで、更衣室とシャワールームがある。
「すみません、予約した迎田です」
「ああ、2名様の! どうぞどうぞ」
サングラスにアロハを着たおっさんが通してくれた。
店主かな……?
俺たちの他にも、カップルが一組と家族連れが一組いる。
カップルは大学生くらいだろうか。
なんかイチャイチャしていて、見ていてちょっと恥ずかしくなる。
なつみ先輩もサッと目をそらして、
「さあ迎田くん。ちょっと涼んだら着替えて海だ、海!」
「あ、はい! 日焼け止めも塗らないとですね」
「その通り。……私の手が届かないところを塗ってもらわないといけないし」
「むむっ!!」
そ、それはつまり!
先輩がうつ伏せになり、俺がその背中に手をすべらせる的な……あれか!!
アニメやマンガで見たシチュエーションじゃないか。
現実に存在していたのか……。
『ハルキ! ナツミ! 時間という資源は有限だ!! 早く着替えるんだ! 早く!』
「あっはい」
「お、おう」
ダミアンの一声で正気になった俺たちは、順番に着替えることにした。
まずは先輩に荷物を見てもらい、俺が更衣室に……。
男女で部屋は分かれているとは言え、海の家は窓もがら空きなオープンスペースだからな。
それにダミアンが誰かに持っていかれないとも限らない……。
「前は俺の記憶を吸ってもらう要員としてダミアンは大事だったが、今日になって愛着まで出てきたからな。あいつを失うわけにはいかない」
ぶつぶつ言いながら、水着に着替えた。
うーむ、ジャストフィット。
上着は濡れても構わないTシャツ。
『今日でキメる!』という意味深な文言が書かれたTシャツは母が選んだ。
……これ、なつみ先輩の前で着るのはどうなんだ?
いやいやいや、俺たちはデートに来たわけではないし、そもそもまだ付き合うどころか男女として意識し合ってもいない関係なのだ。
問題ない、問題ない……。
俺は努めて平然を装い、更衣室から出た。
なつみ先輩は俺のハワイアンなトランクスを見て「トロピカル!」と笑い、次にシャツをみて爆笑した。
「いやあ、トンチキな格好が似合うというのは才能だよ迎田くん!」
「ハハハ、お褒めにあずかり恐悦至極です」
よし、下心に取られなかった。
先輩が純粋な心を持っていて助かった。
「じゃあ、次は私が着替えてくるよ。家で試着して練習したから、問題ないはずだ」
そう告げて、更衣室に消えていく。
俺的には、先輩の水着が本日のメインイベントなのだが……!
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