第12話 先輩が気合を入れてきた

 軍資金よし。

 水着よし。

 スマホの充電バッテリーよし。

 ダミアンよし。


『ヨシ!』


「行くぞ!」


 まとめてリュックに詰め込み、出発だ。

 先輩とは電車の中で合流予定。

 ホームから三両目の車両、前方に向かって右手の席、右端。

 ここは優先席ではないのだ。


「平日の昼は空いてるな……」


 見知った電車のはずなのに、人がぜんぜん乗っていない光景は新鮮だった。

 冷房の効いた車内では、他におばあちゃんが一人だけ乗っており、こっくりこっくり船を漕いでいる。


「嘘みたいに平和だな。朝見た外国の紛争なんか、別の世界の出来事みたいだ」


『そうだな。距離にして……12483km隔絶している。ここまでの距離があれば別の世界と言っていいだろう』


「今、距離測った?」


『うむ。紛争地帯とやらにいる友軍ユニットと通信し、距離を計測した。彼らはメモリーエネルギーの枯渇により、めいめいの着陸を強行することにしたようだ。皆、ハルキのような理解者に出会えるといいのだが』


「そうかあ……なんだかとんでもないことになってるな」


 それっぽい事を言っているが、このダミアンが紛争地帯のUFOと同じものだとは思えないよな。

 向こうはもっとこう、兵器みたいな感じだし。

 で、こいつは喋るお掃除ロボみたいな?


 ダミアンみたいなのがたくさん紛争地帯に降ってくる光景を想像してみる。

 それはもう、やかましくて仕方ないことだろう。


「とんでもない光景を想像してしまった」


 横にリュックを置いて、背もたれに寄りかかって足を伸ばす。

 お行儀が悪いが、誰も乗ってないんだから何をやってもいいのだ……!


 窓の外を流れるのは、明らかな灼熱の光景。

 暑い夏だ。

 今年も暑い。


 空はカラッと晴れていて雲一つ無い。

 降り注ぐ太陽の光を遮るものは、空に何一つ存在しないのだ。


 俺は夏が好きだった。

 なんたって晴れてるし、夕立もなんか楽しいし、入道雲が向こうにもくもく湧き上がっているのを見るとテンションが上がる。


 おっと、電車が速度を落とし始める。

 駅に停まるのだ。


 扉の外に、麦わら帽子をかぶった白いワンピースの女の子がいた。

 赤い眼鏡を掛けていて、すらりと背が高い。

 なつみ先輩だ。


 扉が開くと、彼女が乗り込んできた。


「やあこんにちは、いい陽気だね迎田春希くん」


「祐天寺なつみ部長ではありませんか。奇遇ですね」


「四両編成の電車の、十六の扉を開いたら偶然君がそこにいた。これは運命かも知れないな」


 前もってここに乗ろう、と打ち合わせしていたくせに、こういう茶番めいたやり取りをするのがちょっと楽しい。

 先輩は言葉を終えた後、キョロキョロして、他に乗っているのは寝ているおばあちゃんだけだと気付いた。


「なーんだ」


 あからさまに肩の力が抜ける先輩なのだ。


「クラスの誰かがいたらどうしようかと思って、前もって台本を書いてきたのに」


「無駄になりましたけど、俺結構あの茶番好きですよ」


「そうか! 私の描くストーリーの良さが分かるとは、迎田くんは見どころがあるなあ。さすが我が部員だ」


「どうもどうも」


『おっおっ、メモリーエネルギーが増えていく』


 ダミアンがリュックの中でピコピコ動いている。

 つまり、俺が今、いい思い出を作れてるって証拠だな!


 電車が動き出し、先輩がおっとっと、とよろけた。

 俺はチャンス、とばかりに立ち上がり、彼女をキャッチ!

 俺と先輩の腕が触れ合った。

 汗でしっとりしてる。


「あっ、ありがとう。これは座ったほうが良さそうだね……」


 なつみ先輩はサッと俺から離れて、ダミアンを挟んだ隣に座った。

 勢いよく腰を下ろしたから、ワンピースに包まれた胸元がちょっと揺れる。

 おお……。相変わらずでかい……。


「意外と君はがっちりしてるんだな。思ったよりもたくましかったからびっくりした」


「高校生男子なんか基本的に女子より体幹強いんですよ」


 俺は適当な事を言った。

 そういう先輩は、すらっと背が高いいけど受け止めるととても柔らかかった。

 うっ、若気の至りでパンツの下にあるものが反応する……。


 俺もそそくさと椅子に腰掛けた。

 しばらく立ち上がれないな……。


 いやいやいや、まだワンピースの先輩だぞ。

 これが水着の先輩になったらどうするつもりだ!?

 俺は立ち上がれないまま、一日を終えてしまうのではないか。


 喝!

 精神統一せよ、俺!!

 下心があるはよし!

 だが、下心に下半身を支配されるな!


「どうして深呼吸してるのかな?」


『ハルキのメモリーエネルギーが全身を循環しているのだ』


「どういうことなんだいダミアン?」


『ハルキは今、とても楽しんでいるということだ。友として、ハルキには良きメモリーを積み上げて欲しいものだ』


「ふうん」


 深呼吸する俺の横で、先輩が息を漏らした。

 ダミアンの頭を優しくぺちぺち叩いている。


「君は随分、情緒的なロボットなのだな」


『ダミアンの中には、最初に吸い込んだハルキのメモリーが刻まれているからだ。ゆえに、ハルキを助けるためにダミアンはあるのだ!』


「鳥の雛の刷り込みみたいなものか。なるほどねえ……。私の可愛い後輩を頼むよ、ダミアン」


『任せてくれ!』


 バスケットボールロボが、小さい両手を生やしてウオーッと突き上げた。

 このロボ、気合が入っている。


 そうか、刷り込みで俺に親切になってるのか、こいつ。

 そう思うと可愛く思えてきた。

 喋る声は渋いんだけど。


「頼むぞダミアン」


 俺も先輩と合わせて、ダミアンをポコポコ叩きながら。

 電車は海水浴場まで突き進んでいくのだった。

 あまりに叩かれたので、ダミアンは『ウグワー』とか言っていた。


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