第6話 喫茶店までの道のり、世界の変化

 二人と一個で一つの日傘が作る影の下。

 炎天下の道を歩く。


 こうも暑いと、外に出ている人の数はたかが知れている。

 暑さの感覚がよく分からなくなったお年寄りか、必要に迫られて外出している社会人だ。


 学校で部活があるっていうのは、こういう不要不急の外出がためらわれる日差しから俺たちを守っていてくれたのかもな。

 いや、運動部の連中は外で活動してるんだが。


「今日は随分……不要不急じゃない外出に迫られている人が多いみたいだねえ」


 なつみ先輩がぼそりと呟く。


「みたいっすね」


 俺は俺で、彼女と密着して日傘の下にいることを思い出してしまい、緊張する。


『至近距離ではないか。今だハルキ! 行け!』


「うるさいよ!?」


「さっきからダミアンはよく喋るな……! 私は彼に興味津々だよ」


 俺が抱えるリュックから、バスケットボールロボのダミアンが頭?を出している。

 これを先輩が覗き込むんだが……。

 うおおおっ、先輩の髪が俺の顔に……いい匂い。

 距離も近づいて、先輩の感触が腕にぎゅっと。


「ああ、済まない! 暑かっただろう? 夏場に密着するなんて、日傘の下なのに本末転倒だ」


 そう言って笑いながら、日傘の圏内で少しだけ離れる先輩。

 まあ、腕と腕は密着してるんだけど、


 肌がちょっとぺっとりしてるのは、日焼け止めを塗ってるせいだろう。

 先輩の腕は白い。

 うーん、この肉付き……。

 美来のことを忘れてしまいそうだ……。


『もがもがーっ』


 俺がぎゅっと抑え込んでいたダミアンが、また何か騒いでいる。

 絶対ろくでもない事を言うだろう。

 させるか。


 俺たちは、喫茶店に向かっていた。

 東京から戻ってきたというおじさんが経営しているお店で、いつもあまりお客が入っていない。

 なのに潰れないでやっている。


 不思議な店だ。

 飲み物もそんなに高くないんだ。


 そして……喫茶店に近づくほどに不要不急じゃない人たちが増えてくる。

 なんだなんだ?

 夏だって言うのに制服を着込んで、モコッとしたジャケットには換気口みたいなのがついている。


「あれ、空調服だね。なんだろう? こんな中途半端な田舎には珍しいよね、あんなに人がいるの」


「なんでしょうね……一体……」


 大人たちが、難しい顔をして話し合っている。

 地面に機械を置いて、空を見上げながら何か計測しているようだけど……。


 ……まさかな。

 俺はリュックの中に抱えたダミアンの事を思い出す。

 こいつ、空から降ってきたんだった。


 この人たちが探しているのは、ダミアンなのか?

 いや、普通にこいつを差し出してもいいのだが……。


 だが今の俺にはダミアンが必要なのだ。

 完全に美来を吹っ切るまでは近くにいてもらわねば。


 済まんな、大人の人たち……!!


 こうして俺たちは喫茶店へ。

 喫茶ラ・ムーとか言う名前。


「いらっしゃい」


 暇そうにスマホをいじっていたマスターは立ち上がると、水とメニューを持ってきた。


 先輩と向かい合って、何を頼もうか相談する。


「コーヒーがブレンドとアメリカンしか無いんだよね。都会だと、もっと細かい区分があるらしい」


「そうなんですか!? コーヒーってブレンドとアメリカンしか存在しないのでは……?」


 でもまあ、俺は喫茶店のコーヒーは苦みが強くて苦手なので、ジンジャーエールを頼んだ。

 先輩はアイスコーヒーだ。


 彼女はミルクとシロップを全部入れて、ストローでぐるぐるかき混ぜた。

 真っ黒だったアイスコーヒーが、薄茶色のコーヒー牛乳みたいになる。


 俺はと言うと、オマケでついてきたチョコレートをかじりながら水を飲む。

 お冷やうまい。


 先輩は喉が乾いていたらしく、アイスコーヒーをあっという間に半分飲み干した。


「ふうーっ、生き返るぅ……。ま、コーヒーでは水分補給はできないらしいんだけどね」


「そうなんですか?」


「この間ネットで見たんだよ」


 得意げにメガネをクイッとして見せる先輩。

 そこはドヤるところじゃないと思うんだが、シャツの下の胸が腕組みで持ち上げられているので、俺はそっちに注目することになる。

 相変わらず凄い……。


『ハルキ』


「どうしたダミアン? ああ、喫茶店とか、メモリーエネルギーが多いんだろ?」


『スッカスカだ』


「えっ!?」


『メモリーエネルギースッカスカ! 何も無いぞ。それっぽいだけだ……』


「なんだって」


 雰囲気のいい、ちょっと寂れた感じの喫茶店。

 いかにも歴史を重ねてそうな作りなんだけど……。

 よく考えたら、店主のおっさん、二年前にこの店を開いたばかりだった。


 つまりここって、いかにも古びてそうにわざと作ったってこと……!?

 思わずマスターを見たら、彼はちらっと俺を見た後、それっぽい仕草でピッカピカのグラスを磨き始めた。


「ま、まあよくあるよね。いや、あるのか……?」


「先輩にも分からないことが……」


「私、いかにもなんでも知ってそうなキャラに見られるけど、全然知らないからね。それっぽいだけ。大体ネットで調べたことだけは知ってる」


「俺とあんまり変わらないじゃないですか」


「年だって一つしか違わないだろう。それに高校っていうのは大体似たような学力の人間が集まるところだよ」


「なるほど……」


 納得してしまった。


「でもね、ここで重ねる体験だけは、同じようなものにはならないと思うんだ」


「体験ですか。あ、じゃあもしかして、本題はその体験について」


「そう」


 先輩がにんまり笑った。


「この夏、物理部は積極的に活動します。計画はこれからだけど、海に行ったり山に行ったり、色々やろうと思うんだ。ぜひぜひ、迎田くんも計画を立てて欲しい! 企画書は常時受付中だからね」


「なっ、なるほどぉ……!!」


 それは……なんていうか、凄く素敵な話だ。

 俺のこれまでを超える、楽しい体験や思い出を得られそう。


 同時進行で美来との思い出をダミアンに吸収させれば……。

 いける……!!


「やろう! やりましょう先輩! とりあえず俺、海はカップルとかの気配が色濃いんで山がいいです!」


「そうか、何か事情があるんだな、残念だ……。私、従姉からちょっと過激な水着をもらったんだけど……」


「海に行きましょう先輩! 行くなら今です!!」


『いいぞいいぞハルキ! ハルキのメモリーエネルギーが跳ね上がっていくのを感じる!!』


「じゃあ、決定! 企画書は明日までに提出!」


「うっす!!」


 盛り上がる俺たちを、マスターが実に微笑ましげに眺めているのだった。


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