第5話 放課後、部室へ

 結局そのまま、未来との会話は無いままに一日が過ぎた。

 助かった……!

 このまま夏休みに突入してしまえば、いい感じでダミアンが思い出を食べ尽くしてくれるだろう。


 俺はいそいそと教室を出る。


「ちょっと春希……!」


 美来の声が聞こえた気がするが、振り返らないぞ……!!

 物理部の部室へと向かうのだ。

 そこは、情報学習室……の横に作られた、情報学習準備室だ。

 本来なら授業の前に先生がいて、そこのパソコンで準備を行うための小さい部屋なんだが。


「おっ、来たな若手のホープ!」


「ういっす、なつみ先輩。ホープって言っても俺しか一年いないじゃないですか」


「そうとも言う……。まあ幽霊部員たちも、学園祭の時にはそれらしいゲームとか作って提出してくれるから……」


 どんな部活にも所属したくない連中が、物理部に籍だけ置いているらしい。

 お蔭でここは、代々部活としての体裁を保ち続けている。

 部活動の予算配分権を持つ生徒会は、この事を知っているから、物理部の部費は万年ゼロ円なのだ。


 それでも、学園祭で何か成果を見せれば部の存続が許される。

 幽霊部員たちはこの時のために、それっぽいゲームを作り、学園祭までに納品する習わしになっていた。


 つまり、部に出席している俺となつみ先輩は、いるだけでいいのだ。

 何もしなくていい。


「では行こうか、迎田くん! 我ら物理部の新たな活動は、野外散策だ!」


「ええ!? 物理部なんて、部室でダラダラネットサーフィンしてるだけの部活じゃなかったんですか!?」


「それもいい……。だが、考えてもみたまえ。私たちには時間が無いんだよ。高校生という時代は人生の中でたった三年しかない。だったら、精一杯楽しむために何かをしたほうがいいんじゃないだろうか」


「言われてみると……」


『ハルキ! このナツミという人間から強いメモリーエネルギーを感じる! ついていくべきだ!』


「君もそう思うか、喋るバスケットボールくん!」


『ダミアンの名はダミアンだ!』


「そうか、ダミアン! 私は祐天寺なつみ。君を物理部特別部員に任命しよう!」


『ダミアンに役職を……? ナツミ、君はもしや上位存在だったか』


「いかにも、私は物理部部長だ!」


『なるほど。ダミアンがナツミを選んだのは間違いではなかったようだ』


 いや、お前俺とユタカをくっつけようとしてたじゃん。

 このロボット、基本的に何も分かってないんだよな。

 だけどよく考えたら、昨夜空から落ちてきたやつなのだ。

 何も分かって無くて当たり前だ。


『よし、ハルキ! ナツミを彼女にしろ!!』


「おっ、お前! ダミアンお前ぇ!!」


 ここでいきなりそんなこと言うか!?


「んっ!? んんん~っ!?」


 俺は慌ててバスケットボールロボをバシバシ叩いた。

 ダミアンは『ウグワーッ!!』と悲鳴をあげ、なつみ先輩はちょっと赤くなりながらめちゃくちゃ首を傾げてる。


「ダ、ダミアンはもしかして、人間の恋愛に興味があるのかな? だとしたら力になれなくて悪いなあ。私は恋愛とは無縁の人生を送っている人間なんだ」


 なつみ先輩、ダミアンの言葉をそういう方向で理解したようだ。

 よしよし……。

 俺が美来に振られた傷心を慰めるため、彼女を求めてるなんて知られたら最悪だからな。


『違うぞナツミ。ハルキは昨夜ミクに』


「ダミアンお前! お前ぇ~っ!!」


『ウグワーッ!?』


 よし、静かになった。


『そうか、その件は機密だったのだな。ダミアンとしたことがこれはうっかりしていた』


「うっかりできるなんて、高性能なロボットなんだな……」


 なつみ先輩が妙に感心している。

 どうやら彼女は、ダミアンの事が気に入ったようだった。


「では外に出よう。こんなに天気がいいんだ。いつまでもエアコンの効いた部屋に閉じこもり、ネットサーフィンをしているなんて人生を浪費しているみたいなものだ」


「いやあ先輩、炎天下に飛び出すのも命が危ない……」


「大丈夫、部室にこんなものがあったんだ」


 じゃん、となつみ先輩は言いながら、その赤い傘を取り出した。

 あ、日傘か!

 多分それ、普通の雨傘だけど。


「日傘があるならいいんじゃないですか。で、俺の分はあるんですか?」


「何を言うんだ。一緒に入っていけばいいじゃないか」


「へ? い、一緒に!?」


『よしよしよし!!』


 俺はちょっと焦り、ダミアンが妙に嬉しそうなのだった。

 部室の戸締まりをし、鍵を職員室へ。


 こうして、俺と先輩とダミアンは外に飛び出した。

 真っ赤な日傘の下で二人並ぶのだが……。


「迎田くん! あまり離れていると日差しがきついだろう。もっとくっついたらどうだ?」


「いや、あの、あまりくっつくのも照れくさいと言うか何と言うか……」


「照れよりも直射日光を避ける事を選ぶべきだよ! さあさあ」


『積極的ではないか。ハルキ、チャンスだぞ! 今だ! 抱け!』


「うるさいよ!?」


 バシバシとリュックに収まったダミアンを叩いた。

 バスケットボールは『ウグワーッ』とか叫んでいる。

 空から落ちてきても無事だったんだ。叩いたくらいではどうにもならないだろう。


「で、先輩」


 肩が触れるか触れないかギリギリまで近づいた俺。

 照れ隠しのために口を開いた。


「どこに行くんです?」


 そうしたらなつみ先輩は、うん、と頷いた。


「とりあえず、涼めるところに行こうか」


 まさかのノープラン!!

 そ、それだったら部室にいても良かったんじゃ……!?

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