第3話 先輩との遭遇
彼女、祐天寺なつみは炎天下の日差しに晒されながら、物思いにふける。
場所は校門近く。
近所の家の木が伸ばした枝葉はほどよい日陰を作り、なつみをほんのお気持ち程度に守ってくれていた。
「これは日焼けは確定だねえ……」
同年代の女子と比べると、明らかに秀でた背丈。
日々の生活の邪魔にしかならない、胸元で主張する大きな膨らみ。
切るのが面倒で伸ばし続けていた髪は、それでも枝毛もほとんどなく、無造作に背中で束ねられている。
「ああ……あっつ……。もうすぐ二度目の夏休みかあ……」
高校二年生。
人生最後のモラトリアム期間として、なつみに与えられた三年間の猶予だ。
家の事情もあり、大学に行くことはできない。
卒業したらすぐに働くつもりだ。
だからこそ、無責任な子どもとして過ごしていられる高校の日々は大切だった。
「もう半分過ぎていくってマジか。まずい、まずいまずい。ダラダラ一年過ごしてしまった。だがしかし、だがしかしだよ。先輩方が引退し、私が物理部部長の座を譲り受けたからには……何か面白いことがしたいなあ……」
なつみはため息をつく。
彼女が所属する物理部は、部費ゼロ、部員は幽霊部員含めて五名。
うち、部室に顔を出すのは彼女ともう一人だけ。
その一人というのは、迎田春希という一年生男子である。
「この夏は、迎田くんを誘って何か面白いことをするべきなんだと思う。うん。そうだ」
同級生は、大学進学を見据えて夏期講習に行く者、あるいは恋人を作ってひと夏の経験……みたいなものを謳歌する者、と様々。
「迎田くんはこう、モテるオーラみたいなのを感じないし。幼馴染の彼女は可愛かったけれど、幼馴染さんとは茸田(たけだ)くんが付き合い出したでしょ? つまり彼はフリーだ」
にんまり笑うなつみ。
「今年こそ、学園祭でフリーゲームを改造して展示するだけの部活ではなく、きちんと何か面白いことをする部活として物理部を盛り上げて行こう!」
そう心に決めて、なつみは待つ。
大体この時間帯に、彼は通学してくるのだ。
ほら、来た。
リュックを前に回して、そこから覗いたバスケットボールと何か会話しながら、一年生部員が通学路を駆け上がってくる。
「やあやあ、おはよう、迎田春希くん!!」
なつみは道に飛び出して、春希を出迎えた。
「うおおおっ!?」
※
「うおおおっ!?」
いきなり目の前に、人が出てきたんだが!?
俺よりちょっと背が高く、ピンクの縁のメガネを掛けた彼女は……。
なつみ部長だ!
だが、走ってきていた俺の勢いはすぐには止まらない。
前に抱えていたリュックが、俺となつみ部長の間に挟まれる形になった。
『ウグワーッ!?』
サンドされて、リュックの中のダミアンが断末魔みたいな声をあげた。
こいつ、いつも断末魔漏らしてるな。
「!? 迎田くん、なんか変な声出した?」
「あ、いや、俺じゃなくて」
ダミアンに目を落とそうとしたら、リュックの上にかぶさったなつみ部長の胸があった。
あ……相変わらず……でかい!
美来も結構なものだったが、なつみ部長はその遥か上を行くよな……。
くっ、股間の辺りが元気になってきてしまうぜ。
『挟まれて一巻の終わりかと思ったが、案外柔らかかったのでダメージはないようだな。いやあ剣呑剣呑』
ダミアンの声が、部長の胸の下から聞こえた。
「わっ、なんか私のおっぱいが喋ってる!? しかもこんな洋画吹き替えみたいな渋い声で!」
「あの、部長、こいつはその、昨晩俺の部屋にやってきたロボットで」
「ロボット……!?」
なつみ部長の目が、輝き出したように見えた。
ちょっと離れたら、リュックの中でピカピカと光るダミアンの姿が見えたようだ。
「ロボだ」と小さく呟く彼女は嬉しそうだ。
「面白い! ねえ迎田くん。今日も部室に来るだろう? 来るよね? 来なさい」
「あっ、はい!!」
勢いに押されて返事をしてしまった。
終業式間近だっていうのに、物理部で何かやることでもあるのか。
毎日ネットサーフィンしては、部長とだべってるような部活だぞ。
「じゃあ約束。あと、命令。夏休みまで、毎日放課後は私のところに来ること! 以上!」
それだけ伝えて、なつみ部長は去っていった。
いつもはダラダラしてるのに、なんだ今日の部長のやる気は。
あっ、ダミアンがいるからか!
『ハルキ、ハルキ』
「なんだダミアン。校門前だぞ。あまり喋るな」
『あの人間はなんだ。ハルキと親しげに会話をしていたあの女は。ハルキのメモリーエネルギーが少しだけ上昇したぞ。だが、ハルキがミクと呼ぶ人間の時ほどは変化しなかった』
「ううっ、美来の名前を出すなよ。ありゃ物理部の部長だ。うちの学校、全員部活に入るのが決まりでな。何もやる気がなかったから、一番わけが分からない部活に入ったんだ。それが物理部。で、なつみ先輩はこの間までヒラだったんだが、夏休み前に部長に昇格してな。ああ、そっちもやる気を出してる理由か。部員ほぼ俺だけなのに」
『ほう、つまり……ハルキと親しくなれる人間ということだな!? よしハルキ!』
「なんだダミアン」
『あの人間、ナツミを彼女にしろ! ダミアンは応援する!』
「な、な、なんだとー!?」
とんでもないことをいいやがる、このバスケットボールロボ!!
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