第2話 侵略者、かく語りき
すっかり感傷も吹き飛び、俺は親に呼ばれて夕飯を食ってからまた部屋に戻ってきた。
さては、さっきのバスケットボールロボ、ダミアンは幻だったのではないか。
『おかえり』
「いた」
夢じゃなかった。
バスケットボールロボは俺のベッドに鎮座し、室内を見回していたのだった。
『ハルキ。部屋のあちこちからメモリーエネルギーを感じるぞ。この星はとんでもないところだな。メモリーに溢れている』
「お前、ずっと俺の私物を物色してたのか?」
『ハルキから受けた恩義に報いるために、ダミアンは勝手に物を漁ってはいない。許可をもらえば漁ることを約束しよう』
「許可出さねえよ!? というか、お前はなんなんだ」
俺は椅子に腰掛けて、ダミアンに語りかけた。
このバスケットボールは、よくぞ聞いてくれたとばかりに、軽く飛び跳ねて身構えた。
『ダミアンの目的は、この星の侵略である。我々はサードアースを我らのものとするために派遣された尖兵なのだ』
「な、なんだってーっ。……本気で言ってる?」
『いかにも。信じるも信じないもハルキ次第。だが疑われたままなのは侵略者の名折れ。見ているがいい。ツアーッ!!』
ダミアンは一声叫ぶと、バスケットボールの額(?)の辺りから光線を放った。
それは窓から外に飛び出し、空に向かってどんどん突き進んでいく。
やがて、かなり進んだところでパァーンと音を立てて弾けた。
花火みたいなやつだな。
『どうだ』
「花火だな……」
『そしてダミアンは力を使いすぎたので、エネルギー切れの危機が……ううう、助けてくれハルキ』
「お前はおバカだなあ……」
俺は呆れながら、ダミアンに新しいエネルギー源を差し出した。
それは、美来と行った夏祭りに買った屋台のヨーヨーである。
すっかり水は抜け、しぼんだゴム付き風船になっている。
俺と美来の青春が詰まった、あの夏祭りの日。
それを知らなければ、ただのゴミみたいなもんだ。
だが、ダミアンは目をらんらんと輝かせた。
『素晴らしい、素晴らしいぞハルキ! 強いメモリーエネルギーを感じる! この星の生命体は、これほど強力なメモリーを抱いて存在しているのか。まさにサードアースは宝の山。資源に満ち満ちた理想郷だ! あっ、演説していたらエネルギーがさらに減って……』
バスケットボールがフラフラしたので、俺は支えてやることにした。
「エネルギー切れで止まっちまう前に、ほれ! 俺と美来の思い出を食え! こうやって思い出が消えていくほどに、なんか俺は楽になっていく気がするんだ」
『かたじけない……シュゴゴーッ!!』
バスケットボールボディが開いて、しぼんだゴム付き風船を吸い込んだ。
しばらくガムみたいにもぐもぐやっていたダミアンは、満足したようでペッと吐き出した。
吐き出された風船は、さっきまでと何も変わらないように見える。
だが、確かに別物になっている。
俺には分かるのだ。
だって、この風船を見ても、何も思い出せなくなっている。
俺の心が、また少し軽くなったのが分かった。
「ありがとう、ダミアン。今夜はどうにか眠れそうだ」
『ダミアンの食事が役に立ったのか? ならば光栄だ。ダミアンはハルキに命を救われた身。しかもこうして高品質なエネルギーを提供してもらっている。さらにさらに恩を返さねばならない』
どうにも義理堅い、自称侵略ロボは目? カメラアイをきらきらさせるのだった。
その夜、俺は失恋したばかりとは思えないほどぐっすりと眠り……。
目覚めてベッドから降りる時、手足を引っ込めて雑に転がっていたダミアンを踏んづけて『ウグワーッ!』「うぐわーっ!」すっ転んだのだった。
床に転がってるんじゃない!
危ないから!
朝になると、新たな憂鬱が俺の胸を満たす。
美来がいるクラスに登校せねばならないのだ。
朝食代わりに、美来との思い出をまた一つダミアンに食わせたのだが、それでも気が重い。
俺と彼女の間には、とんでもない量の思い出があるんだな……。
くっ、NTRによる脳の破壊は免れたが、それでも胸が痛む。
なんだってSNSではNTRを愛する連中がたくさんいるんだ。
理解できない。
「……そうだ。ダミアン、一緒に学校に来てくれ」
『もちろんだ! ハルキが望むならばダミアンはどこにでも行くぞ!!』
ダミアンは快諾した。
ありがたい!
今の俺にとって、思い出を食ってくれるダミアンは何よりも心強い。
俺は彼をリュックに詰め込み、登校することにした。
リュックを腹側に構え、いつでも美来と遭遇した瞬間にダミアンをけしかけられるように……。
いやいやいや、ダミアンに美来を食わせるわけじゃないんだ。
だが、ダミアンなら別方向のケアをやってくれる。
俺の傷心の元を見事に食い尽くしてくれるに違いない。
「頼むぞダミアン」
『過度な期待はしないで欲しい』
「いきなり気弱になるなよ!?」
『ハルキは何がしたいのだ? 逃げたいのか? それとも思い出を捨てて新しい恋をしたいのか? ダミアンに、新しい彼女が欲しいと望んだではないか。それは、ダミアンを使って逃げ回っていれば叶うことなのか?』
このバスケットボール、なんて含蓄のあることを言うんだ……!
俺の目からウロコが落ちた。
そうだ。
俺は美来から逃げようとするあまり、先のことを何も考えられなくなっていた。
「俺は、美来を忘れるために新しい恋をするべきなのかも知れない……! いや、これは絶対恋だよなって意識した時点で、美来が他の男と付き合って終わったんで、古い恋もクソも無いんだが……」
『いいだろう!! このダミアンが手を貸してやる! 極上のメモリーエネルギーを持つ女を、見極めてやる!!』
「どういう基準なんだ……!?」
こうして、リュックから顔を出したバスケットボールと会話する俺は、通学路で大変目立ってしまうのだった。
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