侵略ロボがうちに居候して俺の恋を応援するラブコメ~あるいは俺と先輩と侵略ロボ~

あけちともあき

俺と失恋と侵略ロボ

第1話 失恋と、宇宙からやって来た侵略ロボ

「春希! あたし、彼氏ができました! じゃーん!」


 ずっと気になっていた幼馴染、小山内美来(おさない-みく)のPickPock(動画共有型SNS)で、とんでもない動画を見てしまった俺。

 もうそろそろ七月だと言うのに、全身が真冬のように冷たくなった。

 心臓がバクバクする。

 

「なん……だと……!? なんで……どうしてだ……!? いつ、いつの間に……!?」


 フラフラと、自分の部屋の中を歩き回る。

 良かった。

 ここが外ではなくて。


 俺は今、物凄く情けない顔をしていることだろう。


「ああ~、の、脳が破壊される……。これが……これが寝取られ……NTR……!!」


 床に膝を突き、絶望のあまりうずくまって呻いた。

 苦しい。

 大変苦しい。


 俺、迎田春希(むかえだ-はるき)と美来は、幼稚園からの幼馴染だった。

 ずっと一緒の学校で、一緒のクラスで……高校でも一緒になった。

 お互いにいつかは付き合うんだろう、そう思って過ごしてきた。


 彼女は高校に上がってから髪を切った。

 ショートカットはスポーティな彼女によく似合っていた。

 運動が得意だった美来は陸上部に入り、一年にしてレギュラー候補と期待されていた。


 優秀なのだ、彼女は。

 自慢の幼馴染だった。

 だった……。


「うおおおお、おおおおおおん」


 俺は床に転がりながら、むせび泣いた。

 いつだ!?

 いつ、あいつは男と付き合い始めたんだ!


 去年の夏祭りで、高校に上がったら一緒に色々なことをしよう、なんて約束したのは嘘だったのか!?

 お前の隣にいるのは俺だったはずなのに!

 なのに、動画では、美来の肩を抱いているのは色白でシュッとしていてマッシュルームカットの女を殴ってそうな男だった。


 いや、偏見は良くない。

 落ち着け、俺。

 憎しみに飲み込まれるな……。


 深呼吸だ、深呼吸……。

 ひっ、ひっ、ふー……。

 ふと、俺の視界に、壁に貼られたプリクラが入りこんできて「ウグワーッ!!」俺はそのまま吹っ飛んだ。


 ベッドに背中から倒れ込み、のたうち回る。

 うがあああ、壁に貼られた! 高校入学の時に美来と一緒に撮ったプリクラ……!!

 蘇るあの時の甘い記憶!


 あの頃は!

 俺と美来は!

 相思相愛だと思っていたのに!!


 俺は四つ足でベッドの上を走り、壁からプリクラを引き剥がした。

 くしゃくしゃと丸めようとして、写真に映った美来の笑顔が目に映り……。


「うぐぐぐぐぐ……どうして……どうして……!!」


 悲しみと絶望とが襲ってきて、全身がブルブル震える。

 寝取られは脳を破壊する……。

 ネットミームだと思っていたけど、本当だったのだ。


 俺は今まさに、脳を破壊されようとしている。

 くそ、世界には絶望しかない。

 こんな世界、無くなってしまえばいいのだ!


 俺は唐突に叫びたくなり、立ち上がってベッド脇の窓を開けた。


 時は夜。

 叫べば、俺の声はご近所中に響き渡るだろう。

 迷惑である。

 両親は部屋にやってきて、何があったと問い詰めることであろう。

 

 いつもなら、お利口さんである俺はそんな馬鹿なことはしない。

 きちんとルールを守り、おかしなことはしない。

 真面目に学校生活を送り、逸脱している連中とつるまない。


 そんな清く正しい学生として生きるべきなのだと、ずっと思っていた。

 だが、その報いがこれだ。

 美来は俺の隣ではなく、このマッシュルーム野郎の横にいる!


 俺は!

 もう!

 真面目くんをやめてやるぞーっ!!


 外に向かって、失恋に絶望した男の叫びを響き渡らせようと、大きく息を吸い込んだその時だ。


 空で、何かが瞬いた。

 一瞬だけ、夜空の一角が明るくなる。


 街灯に紛れるくらいの明かりだったから、気付いた者は少なかったかも知れない。

 それでも、今まさに空に向けて叫ぼうとしていた俺には、はっきりと見えた。


「なんだ……!?」


 UFOか何かか。

 一瞬だけ、絶望を忘れて、俺は空に向かって目を凝らした。


 すると……。


『ウグワーッ!!』


 かすかな叫び声が、長く伸びてこちらに近づいてくる。


『ウグワーッ!!』


 叫び声が……叫び声……。なんだ、何が落ちてくるんだ!?


『ウグワワーッ!!』


「げえ!!」


 それは、バスケットボールほどの塊だった。

 そいつが叫びながら、俺を目掛けて落ちてくるのだ。

 遥か上空から、猛スピードで落下してくる何か。


 こんな物に当たったら、死んでしまうのではないか!?

 冗談ではない。

 寝取られ、失恋し、絶望していても命は惜しいのだ。

 

 世界よ滅べとか願ったが、あれは嘘だ。

 まだ滅ばれたら困る。

 俺は全力で、落下してくるものを避けた。


 バスケットボール大のそれは、俺のベッドに直撃すると……『ウッ』スプリングの反発力にぼいーんと跳ね飛ばされ、あろうことか俺に向かって飛んできた。


「ウグワーッ!」


『ウグワーッ!』


 俺とバスケットボールは、お互い衝突してその場に倒れ込んだ。

 ……おや?

 思ったよりは衝撃が無かったような……。


『ぐううう……サードアースがよもやこれほど遠いとは……。ウォーボディを纏っていたらエネルギー切れになっていたところだ……』


 バスケットボールがぶつぶつ言いながら、球体のあちこちから手足が生えた。

 ひょこっと立ち上がる。


「なんだ……お前……!?」


『むう! ここは原生生物の住居か! ふははははは! 幸いであった! このダミアン、ついているぞ。原生生物よ、貴様をこのダミアンが尖兵へと改造し、この惑星を侵略する足がかりに……』


 そこまで勇ましく言ったところで、ダミアンと名乗ったバスケットボールみたいなやつがへなへなと崩れ落ちた。


「お、おい。どうした」


『エネルギーが尽きた……。ふおお、そ、そこな原生生物、このダミアンを助けてくれ……』


「侵略に来たとか言ってるくせに侵略対象に助けを求めるのか……」


 すっかり、絶望どころではなくなってしまった。

 ああいうネガティブな感情は、自分に浸ることができる暇があるから発生してくるものなのだ。

 今の俺は、急展開によって完全に思考する余裕を失っていた。


『うう、頼む……。何か、思い出が詰まったものをくれ……。それがダミアンのエネルギーになる……』


「思い出が……詰まったものを……!?」


 思いつくのは……あの忌まわしいプリクラ!!


「こいつを……こいつをくれてやるぞダミアン!!」


『おお!! 濃厚なメモリーエネルギーを感知! ありがたくいただくぞ原生生物!!』


 ダミアンはバスケットボールボディをぱかっと開くと、そこにプリクラを放り込んだ。

 その途端に輝きだす、ダミアンの丸いボディ。


『うおおーっ! 溢れてくる! メモリーエネルギーが溢れてくる! メモリーエンジン再起動! ダミアンフルパワー!!』


 叫びながら、このバスケットボール大のロボが短い手足でぴょんぴょん飛び跳ねた。

 俺はと言うと、妙にすっきりした気持ちだった。

 眼の前から、あのプリクラがなくなってしまったからだろう。


 辛い思い出を想起させるものが無いと、ちょっと気持ちが楽になるものだ。


『世話になったな原生生物。ダミアンは受けた恩を忘れない。原生生物の名を聞かせろ』


「俺か? 俺は春希だ」


 俺の名を聞いたダミアンは、ボールみたいなボディに顔文字のようなニッコリマークを浮かべた。


『ハルキ! 覚えたぞ! ダミアンはハルキに、受けた恩は返すと約束しよう! これは我々侵略ロボに課せられた性質なのだ!』


「お、おう、そうか」


『願いを言え、ハルキ!』


「願い……? そうだな」


 俺はさっきまで、自分を支配していた悲しみと絶望を思い出す。

 あんな気持ちになるのはまっぴらごめんだ。

 こう、もっとハッピーになりたい。


 だったら、美来だけじゃない。

 俺も誰かと付き合えたら、きっと幸せな気持ちになれることだろう。


「彼女が欲しいな」


『心得た』


 ダミアンのボディに、ニヤリ、としたマークが浮かんだ。


『ハルキの願い、カノジョとやらをダミアンが叶えてやろう!!』


 こうして、夏休み前のある日、俺の家に侵略ロボがやって来た。



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