梅の花

増田朋美

梅の花

その日、製鉄所を数年前に利用していた加藤美波さんという女性が、製鉄所を訪ねてきた。特にアポイントもなく、いきなりやってきて、強引なトークをするというのは、彼女の特徴というか、特権なのかもしれないが、今日もまた、なにかトラブルを引き起こしそうな感じだった。しかもその日やってきたのは、美波さん一人だけではない。なんと、車椅子に乗った、男性一人を連れてきたのだ。その人は病弱で、カメラマンのしごとをしていると言うけれど、なんだか頼りなさそうで、大丈夫かなと思われる感じだった。名前を梅島俊美さんと言うのだそうだが、少なくともまるで女性のような雰囲気のある人だった。

「とりあえずこちらに座ってください。一体今日はどうしたんですか?特にアポイントもなくこちらへ来られたので、少々僕はびっくりいたしました。」

ジョチさんはそう言って、二人を応接室の椅子に座らせた。

「はい、実は私、この人と、一緒に暮らしたいと考えているんです。」

美波さんは、すぐに言った。そういう単刀直入にすぐにものを言うところが、煙たがれる所なのだが、本人は全く悪びれた様子もなかった。

「つまるところ、結婚したいってことか。」

お茶を持ってきた杉ちゃんが、そう言うと、美波さんは、はい、まさしくととてもうれしそうに言った。

「で、それで結婚にまつわる相談をしたいってこと?」

杉ちゃんがそう言うと、

「彼のご両親にはお会いしてきました。気持ちよく承諾してくれました。そこは大丈夫なんですが、問題はこれからです。母に、この人と一緒に暮らしたいんだと告げたところ、母は、こんな頼りない人を選ぶなんてなんであんたは馬鹿なのっていったんです。」

と、美波さんは言った。

「はあ、なるほどね。まるでモーツァルトの魔笛の夜の魔女みたいなお母さんだな。」

杉ちゃんがそう言うと、

「ええ。母は、昔から頑固なところがあって、大事なところはすぐに自分の思い通りにしようとするんですけど、今回もそうでした。美波にはもっといい男が居るからって言うんですけど、私は、そうは思えないんです。だから、どうしても、梅島さんと一緒になりたいって何回も母に言ったんですけど、何度言っても認めてくれなくて。しまいには、こんな言うこと聞かない娘だったのかって怒り出すし。」

「そうですね。美波さんのお母様は、加藤化粧品製作所を、一代で、あんな大きな会社にした女性ですよね。それは、僕も認める女傑です。そのようなお母様ですから、多かれ少なかれ反対されることもあると思います。まず初めに、お母様が反対される理由も、ちゃんと聞いてみたらいかがでしょうか?」

美波さんは嫌そうに答えるが、ジョチさんはしっかりと言った。

「そんな事言わないでください。あたしがこれだけ、彼を愛しているのに、母ときたら、頭ごなしに反対して、こんな男は馬鹿なのよなんてそんな事言うんですよ。なんでこんなに頑固なのか、あたしはわからないくらいです!」

「そういう美波さんの激しやすいところを、お母様は心配しているんじゃないかな?」

杉ちゃんが思わずそう言ってしまう。

「美波さんは、発達障害があって、激しやすいというか、感情のコントロールが上手くできないのは認めるよな?お母様は、そういうところをカバーしてくれるような男性を望んでいたんじゃないのか?そのためには、ちゃんと歩ける人のほうがいい。そう思うから、お母様も反対されているんじゃないの?」

「まあ!杉ちゃんもそういう事言うんですか!私、歩ける人と付き合いましたけど、歩ける人で私の辛いところを支えてくれた人は、誰もいませんでした。彼でなければ、そういう障害の辛さをわかってくれませんでした。私が、電車しか移動手段が無いことも、長距離を歩けないことも、ちゃんと彼は理解してくれています。だから、あたしは、この人を選んだんです。それが何だって言うんですか!」

美波さんは、杉ちゃんに詰め寄るように言った。

「美波さん、落ち着きましょう。それではまず初めに、美波さんと梅島さんがなぜ出会って、どういうところから結婚してもいいと思ったのか、それを話していただきましょうか?」

ジョチさんが彼女をなだめるように言った。

「はい、事の始めは、私が通っている合唱団だったんです。その定期演奏会で、集合写真を撮ったんですけど、その時彼が写真を撮りに来てくださっって、私がソロで歌っているところを撮ってくださったんですけど、私の事をすごく上手に撮ってくださって、それで私は感謝して写真家の方と付き合うようになりました。それが彼でした。いろんなところに行ったり、映画見たりもしたけど、写真も撮ってくれて、それがすごく上手で、この人なら結婚してもいいと思うようになりました。それであたしの方から結婚してほしいとお願いしました。」

美波さんは選挙演説する人みたいに言った。そういうふうに選挙演説する人みたいになってしまうのは、発達障害という障害を持っている以上仕方ないことであった。何よりも、彼女に質問したくても、話を打ち切ってしまえば更に騒ぎ出すことは知っているから、最後まで話させるしかなかった。

「私が、結婚してほしいと言ったら、彼はこんな僕でもできるかなって言いましたから、私は、当たり前じゃないかと言いました。私が、そうさせてあげるって。それは大事なことだと思いました。彼にも一緒に暮らして幸せになってほしいし、私も幸せになりたいです。きっと、亡くなった父も彼のようなやさしい人であれば許してくれると思います。父は、母と違って、厳しい人じゃなかったし、ママは忙しくて、家にいられないから、パパで我慢してくれって言って、私を何処かへ連れ出してくれました。たしかに父も、よく風邪を引いて体力的に強い人ではありませんでしたが。」

そういうふうに、いきなり父親の話を始めて、また止まることなく話し出してしまうつもりなのか、美波さんは話を続けてしまうのであった。

「わかりました。お父様のことは、以前良く聞きましたので、僕も知っています。確かに、体は弱かったけど、優しくて良いお父様だったんですね。それは認めますから、その前に彼の方から、美波さんのお話を聞いてもよろしいですか?」

ジョチさんがそう言うと、

「はい。美波さんは確かに、発達障害があって、大変な女性であるとはわかりますが、でも、美波さんは、とても素敵な方だと思ったので、一緒に暮らしたいと思いました。歌もうまいし、家事もよくできるじゃないですか?」

と、梅島俊美さんが言った。

「ええ、まあ、家事しかできない時期もあったからね。」

美波さんはそうつぶやいた。

「仕事の方は、今、雑誌の出版社でカメラマンとして働かせてもらっているので、あまり心配はありません。美波さんが合唱団しか社会参加できないとしても、例えば障害年金でも使ってでも、生活できると思うので、あまり気にしていません。」

「そうですか。以前、新郎新婦が統合失調症のカップルさんの世話をしたことがありましたが、やはり障害年金と生活保護で生活していました。それは偏見は無いのですが、それだけじゃありませんからね。結婚といいますのは。住む場所とか、そういうところは決めてあるんですか?」

ジョチさんがそうきくと、

「ええ、安いアパートでも借りようかと。最近は賃貸でも車椅子オッケーなアパート、結構あるから。」

と美波さんが答えた。

「そうですか。まあとりあえず衣食住は大丈夫ということですかね。美波さんも料理が得意なので、あまり困らないのかな。そういうことであれば、なんとか暮らしていけそうなのでしょうか。まあ、不自由は無いと言うことになりますが、、、。」

「でしょ!理事長さんよく言ってくれました。やっぱりあんな男は馬鹿なんだという母のほうが間違ってたんだ。お願いします。理事長さんも、協力してください。頑固な母をなんとか説得する方法を教えてください!」

ジョチさんがそう言うと、美波さんは頭を下げた。梅島俊美さんも、お願いしますと言って、頭を下げた。

「そうですか。お母様を、なんとかしなければならないのですね。根気よく話していって、ゆっくり説得したほうがいいのではないでしょうか。お母様を、説得するのは時間がかかると思うけど、焦らずに説得してくださいね。」

ジョチさんがそう言うと、美波さんはありがとうございますといった。

「大変だと思いますが、焦らずにゆっくり説得してくださいね。今は福祉制度も結構あるし、障害のあるカップルさんでも幸せに暮らせる制度はいっぱいあります。そのあたりは、僕たちもお手伝いしますし、弁護士の先生に相談してもいいです。一番むずかしいのは、お母様ですね。」

ジョチさんが励ますと、美波さんと、梅島俊美さんは、また頭を下げた。

とりあえず、二人の来訪はお開きとなったが、いずれにしても、これはまた大変なカップルができたなと、杉ちゃんもジョチさんも、ため息をついた。たしかにこうして障害のあるカップルに出会うことがあるが、今回の二人は、非常に難しいところがあるような気がする。単に発達障害というだけではないのだから。それでは親御さんが反対するのも、わからないわけではない。

それから数日後、また、杉ちゃんのもとに、例のカップルが訪ねてきた。今度は、水穂さんが相手をした。ジョチさんは、用事があってでかけていた。

「それで、お母様を説得することはできたのかな?」

と杉ちゃんが言うと、

「それで、もっとすごいことになってしまいました。杉ちゃんたちが頑張って説得しろなんていうから、その通りにしてみたら、もっとひどいことになってしまいましたよ!」

と、彼女、加藤美波さんは言った。

「落ち着いてください。まず、落ち着いてから話しましょう。美波さん、薬でも飲んだらいかがですか?」

水穂さんに言われて、美波さんは頓服用の薬をすぐに飲んだ。そういうふうに薬を必ず飲まなければならないのも、発達障害の特徴でもあった。

「ごめんなさい。母に、もう一度、俊美さんと結婚させてくれとお願いしました。ですが、母ときたら、私への誠心誠意を試すつもりだったのでしょうか。全く大変なことを言い出して!」

美波さんは泣き出してしまった。

「どういうことでしょうか?」

水穂さんがそう言うと、

「ええ、お母様が言うのにはの話ですけど、仲人を立ててちゃんとした結婚式をしろと言うのです。あなたのような頼りない男には、そういう後見人が必要だからって。たしかに、僕も生まれつき体も強くないし、歩けないのでお母様の信頼を寄せられないのはわかりますけど、、、。」

と、梅島俊美さんは悲しそうに言うのである。

「ほんなら誰か親戚の人にでも、仲人を頼んだらいいじゃないか。」

杉ちゃんがそう言うと、

「いえ、親戚は確かに居るんですけど、みんな年寄ばかりで、こちらへ来てもらって仲人をしてくれとは言えないのです。そんな近くの距離に居るわけじゃないし。」

梅島さんは、申し訳無さそうに言った。

「まあ確かに、血縁者でなくても仲人さんをやることはできますからね。今は、商売仲人という言葉もあって、そういう特殊な事情のあるカップルさんを支援してくれる会社とかもあると、理事長さんから聞いたことがあったような。今でかけていますので、戻ってきたら聞いてみましょうか?」

水穂さんが優しくそう言うと、梅島さんはそれじゃだめなんですよと小さな声で言うのであった。

「そうかも知れませんが、それではだめだとお母様に言われてしまいました。そういうところは、さすが社長をしているお母様です。だから、そういうところに頼っちゃいけないで、自分たちで、仲人をしてくれそうな人物を探しなさいと厳しく叱られました。仕方ないですよね。僕は、歩けないので。」

「そうかあ、そんな事業を経営している人じゃ、それでは、難しいところもあるよなあ。まあ、とりあえずだな、お前さんの親戚や、友達などで、仲人さんをやってくれそうなご夫婦を探すとか、それとか、お前さんの職場の上司とかで、やってくれそうな人を探すとか、、、。」

と、杉ちゃんがいうと、

「ええ、そうかも知れませんが、職場の上司に当たる編集長は、まだ結婚していないのでして、、、。」

梅島さんは困った顔で言った。それと同時に、ただいま帰りましたという声がして、ジョチさんが製鉄所に戻ってきた。製鉄所と言っても鉄を作る場所ではなくて、居場所の無い女性たちに部屋を貸し出している民間の施設である。その施設の理事長をしているジョチさんは他の施設との交流会などにもよく参加しており、今日もその会であった。

「一体どうしたんですか?またなにか困ったことがお有りでしょうか?」

と、ジョチさんは、応接室に入ってきて、梅島さんと、加藤美波さんを見た。水穂さんが、二人の代わりに、仲人を立ててちゃんとした結婚式をしなければ結婚は認めないと言われたと伝えた。ジョチさんは、これは弱ったことになりましたねと、大きなため息をついた。

「そうですねえ、今どき仲人を立ててどうのということは、なかなかしませんからね。でも、お母様の言うことも一理あると思いますよ。失礼ですが、これからすごい障壁にぶつかったとき、梅島さんでは乗り越えられないこともあるでしょう。だから、お母様は自分に代わる後見人のような存在を作っておきたかったのでしょう。仲人は親も同然といいますからね。それくらい仲人さんの存在というのは、大きいものですからね。」

ジョチさんは、そういうことを言った。

「そうか。そうなると、誰か有力な人物を探さなければなりませんね。」

と、水穂さんも言った。

「じゃあ、やってくれそうな人物を探すのですな。」

と言っても、文字通りいないのである。それでは、いつまで経っても、梅島さんと、美波さんの結婚は認められない。お母さんは、仲人さんを立てられなければ、結婚を許可してくれないのだから。

「理事長さん。大変ですね。あたし、そこで立ち聞きしてしまいました。あたしたち、加藤美波さんには、お話を聞いてもらったこともあったので、あたしたちも結婚式のお手伝いをしますよ。」

と、三人の利用者が、応接室の入口にやってきた。それを聞いてジョチさんたちはびっくりした。

「あたしたちも結婚した事無いし、何も経験ないですけど、でも、結婚のお祝いはしてあげたいんですよ。美波さんって明るかったし、優しかったし、恩返ししてあげたいとおもいます。」

「そうですか。それでは、ちょっと一計を案じてみましょうか。」

ジョチさんは、そう言って、なにか考え込む仕草をした。

それから、数日後。美波さんと梅島俊美さんは、二人で製鉄所に来訪した。二人はまだ車を買う余裕が無いので、二人は障害者用のタクシーで製鉄所に来訪した。二人が、応接室に入ってしばらくすると、立派なピカピカの高級車がやってきて、美波さんのお母さんが来たことがわかった。

「一体、これはどういうことですか。こんなところへ私を呼び出したりして。私がなにかしたとでも言いたいのでしょうか?」

美波さんのお母さんはそう言っている。

「あの、美波さんのお母さんですよね?」

と、利用者の一人が言った。

「美波さんと、梅島さんの結婚、認めてやってくれませんか?美波さんは、すごく優しくて親切な人だし、梅島さんも、品があって、しっかりした人です。だから、あの二人は似合いの夫婦になると思います。」

「あたしたちは、美波さんが家事の手伝いしかできないことも知っているけど、彼女のお料理はとても味が良くて美味しかったです。」

すぐに別の利用者が、美波さんのお母さんに言った。

「それにお掃除だって一生懸命やるし、美波さんは、同じ障害のある人の中では、結構できる方の人ではないかと思います。それに、梅島さんだってちゃんと仕事をやってるんだし。それなら申し分ないと思いませんか?きっと彼女は大丈夫ですよ。結婚しても幸せになれると思います。」

三番目の利用者が、美波さんのお母さんにそういった。3人の女性たちは、皆どこかに障害がある人ばかりだ。それでは確かに証言として、難しいところもあるけれど、それでも彼女たちのことを正確に伝えていることに疑いはなかった。

「お願いします。もし、式をあげられるなら、仲人さんにはなれませんが、あたしたちも手伝います。」

始めの利用者が、そういった。実際のところ、彼女たちに手伝えることはなんだろうかと思うけど、三人の女性たちは真剣だった。その真剣さは、普通の女性たちではわからないのではないかと思われる顔つきだった。それは、文章ではなんとも言えない表現となるのかもしれない。そして、その表情では、すぐにというか簡単に断れなくなるような真剣さもあった。

「そう。わかったわよ。でもね。親はいつまでもいきてられるものじゃないのよ。だったら、私が言いたいこともわかるわよね。美波が、あの男性と一緒になるのだったら、すぐにそばについていられる人が必要なのよ。それは、親として必要なことなのよ。」

美波さんのお母さんはそう言っている。たしかに、その顔も真剣で、軽い気持ちで言っているのではないなとすぐわかった。

「お願いします。美波さんをどんなことがあっても大事にしますから。途中で捨ててしまうなんてことはしません。美波さんと一緒にならせてください。」

杉ちゃんに後押しされて、梅島俊美さんが、もう一度お母さんに挨拶した。美波さんのお母さんはまたかという顔をしたが、今度は三人の利用者たちが、相次いでお願いしますと言ったため、美波さんのお母さんは、首を横にふることができなかった。

「ママ、どうもありがとう。」

美波さんがそう言うと、美波さんのお母さんは小さい声で、でもはっきりと、

「幸せになるのよ。」

とだけ言った。

庭を見てみると梅の花が咲いていた。梅は、寒さに耐えて花を咲かせるので吉祥文様に選ばれたのではないかという。それを忘れないでいたいという日本人の気持ちでもあるのかもしれない。




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梅の花 増田朋美 @masubuchi4996

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