第5話side、執事
私は、ブラック家に長年遣える執事。
カルロス・オルトという。
坊っちゃんのレイアス様は、小さい頃から、面倒を見てきた。
私にとって、孫のような存在だ。
少々、傲慢でプライドの高い所があったので、心配していたが、魔法学院に通い始めてからは、善き友人にも恵まれ、気位の高過ぎる性格も改善されつつあり、安心した事を覚えている。
坊っちゃんは、三男だったという事もあり、魔法の道に進む事を望まれていた。
才能豊かな坊っちゃんは、ご友人と切磋琢磨して、国を代表する大魔法使いになるだろうと思っていたのだが・・・
突然、ご家族全員を流行り病で、亡くすことになろうとは、夢にも思わなかった。
全身に、発疹と高熱の出るその病は、治療薬もなく、治癒魔法も効かなかった。
突然、民衆の間に広まり始め、貴族にも徐々に広まっていった。
後に、魔法寄生生物による病だと判明するまでの間、多くの人々がなくなった。
坊っちゃんのご家族も、1ヶ月足らずの間に、あっという間に亡くなってしまった。
その時の、坊っちゃんの嘆き悲しむ様子は、今思い出しても、胸が痛む。
そこから、坊っちゃんは変わってしまった。
公爵を継ぐことになり、魔法を極める道は絶たれた。
再び傲慢な態度を取るようになり、夜会や美食に耽り、美女を侍らせては、遊ぶようになってしまった。
神様はなぜ、レイアス様にこのような試練をお与えになるのか。
私には、ただただお支える事しかできない。
なんと歯がゆい事か。
何度か、遊び耽るレイアス様に、注意した事ともあるが。まるで聞く耳をもって下さらなかった。
時は流れ、レイアス様は、民に重税をかけるようになってしまわれた。
今では、悪徳貴族として、有名だ。
そんな時、友人であったユリウス様が、王国筆頭魔法使いに任命されたと噂が流れた。
レイアス様は、ついに薬にも手を出し始め、完全に昔の坊っちゃんは、いなくなってしまった。
ユリウス様に対する嫉妬から、逆恨みし、遂には暗殺計画までたてる始末だ。
まさか、本当に実行なさるとは思ってもみなかったが。
数日後、青ざめたレイアス様が、屋敷に逃げるように帰ってきたとき、衣服に飛び散った血痕に、全てを察した。
幸いにも、誰にも見られなかったようで、レイアス様が犯人だとばれる事はなかった。
ここ数年は、ユリウス様と会うこともなかったのが、功を奏したようだ。
この方は、どこまで堕ちていくのか。
なぜ、こうなってしまったのか。
それから、何年か過ぎ。
レイアス様は、魔王なる存在に傾倒するようになった。
魔王は、近年現れた魔物や悪魔を統べる最悪の存在。
人類の共通の敵であるというのに。
昨晩は、悪魔を、召還するといって、大量の奴隷を準備させられた。
大人しく命令に従ってしまうあたり、私も大分感覚が狂ってきているようだ。
レイアス様の狂気に満ちた眼差しに、私はこの方には、何を言っても無駄だと悟った。
私に出来ることは、なにもない。
明日、お暇を告げようと心に誓った。
次の日の昼過ぎ、誰も近づくなと言われていた私室から、唸り声が聞こえた。
私は、急ぎレイアス様の私室に向かう。
狂ってしまったレイアス様に、悪魔など召還できる筈はないと思うが、万が一に備えて、つい身構えてしまう。
「レイアス様、如何されましたか?」
「丁度いい、入ってこい」
「かしこまりました」
恐る恐る、扉を開き、中に足を進める。
「確認したいんだが、今は王国歴何年だったか?」
意味の解らない質問に、一瞬驚いた。
ああ、この方は、そんな事も解らなくなってしまわれたのか。
「はい、今は王国歴215年でございます。」
「ふむ、成る程な。」
顎に手を当て、一人でうんうんと頷いている。
可笑しな様子に、思わず顔を上げて、レイアス様を確認してしまった。
疲れた様子ではあるものの、その黄金の瞳は、ここ最近の淀んだ瞳とは違う気がした。
昔のように、理知的な光を宿している。
もしや、戻ってきて下さったのだろうか?
「ちょっと体を動かしたいんだが、訓練場はどこだ?」
「?旦那様は、知っているはずでございますが。屋敷の裏手にございます。」
「そ、そそうだったな。はは、うっかりしてた。」
やはり、可笑しな様子ではあるが、何かが変わった気がする。
私は、お暇を告げるのを、ひとまず見送る事にした。
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