僕の人生 / さくら 作

名古屋市立大学文藝部

僕の人生

 ある拘置所に死刑囚のノリトシという男がいた。

 見た目は殺しなどとは無関係な顔をして、いつも優しく微笑んでいる。

 奇妙な男だった。

 そんな彼の罪は多すぎる殺人だった。

 まもなくノリトシの死刑が執行される。



 僕の人生は何だっただろう。僕が人生で最初に出会ってしまったのは、高校二年のときだった。初めてできた彼女で、大好きだった。それに彼女は女友達が多く、浮気の心配がなかったから、安心してそばにいれたんだ。

 でもある日、彼女が男といるのを見てしまった。すごく楽しそうだった。

 僕は感情が抑えきれなくなって、教室に戻ってきた彼女に突撃した。彼女はすごく驚いていたけど、嬉しそうにどうしたの、なんて聞いてくるから、それがまた僕の感情を無茶苦茶にした。僕は感情に任せるままに、彼女に無理やりキスした。もちろん、舌を奥までねじこませて、自分の愛が伝わるように何度も何度も、長く、繰り返した。周りの人は黄色い悲鳴を上げている。彼女は最初、驚いていたが、途中から苦しいのか僕に抵抗しはじめた。でも僕はやめなかった。

 すると彼女はだんだん抵抗しなくなってきて途中から僕に身を任せるようになった。

 伝わったかな、と思って離れると彼女が僕によりかかったままだった。甘えているのかなと思って、彼女の顔を見ると酷い顔をしていた。そのあとのことはあまり覚えていない。大人たちがたくさんいて、何かたくさん話していたことしかよくわからない。彼女はどうして死んでしまったのだろう……

 二人目は大学生のときにできた彼女だ。

 彼女はサークルで出会ったけれど、仮面浪人をしていたから付き合ってすぐ遠距離になってしまった。悲しかったけれど、彼女が夢をかなえるために我慢した。遠距離生活を始めて一年が経ちそうなとき、彼女が帰ってくることになった。駅まで迎えに行くと彼女が可愛らしく待っていて―。僕は駆け寄り、思いっきり抱きしめた。これ以上ないほどに。

 グキッと音を立てて、彼女はその場に倒れた。呼びかけたが、反応がない。そのあと、周りの人が警察を呼び、取り調べを受けた。何もわからず、「わかりません」とすべての質問に返していた。そのうちに警察はあきらめて僕を釈放した。


 私は長年、カウンセラーをやっているものだ。最近は実績を上げ、犯罪者のカウンセラーもできることになった。いろんな犯罪者を見てきたが、泣くものと話が通じないものがとても多かった。まあ、つまり大抵は話ができずに、時間が終了するということだ。

 今回はあの犯罪者、ノリトシのカウンセリングをすることになった。一人目は、窒息死、二人目は首の骨を折る…女性だけを何人も殺した凶悪犯罪……頭がおかしいだろうし、正直、仕事を放棄したいぐらいだが、だからなのかとても報酬が高い。やるしかないと思い、対面してみることにした。

 見た目は普通の男だ。何の変哲もない、一般の社会人にいそうな感じだ。だからといって安心できるわけではないが。

 しかしこの男…妙に落ち着いている。

 ほかの犯罪者とは全く違う。まるで事件と何も関係ない一般人のように。ただそこに平然といる。

 実際に話してみても同じだった。そこら辺にいるサラリーマンにインタビューしているような感じで頭のおかしさや、気味悪さまでも感じられなかった。

 一体なんだというんだ、この男──。

 もしかして猫をかぶっているのか? と思った私は、その後もいろんな質問をしたり、問い詰めたりしたが、反応はどれもありきたりな一般人のようだった。

 私はカウンセリングの用紙に、「不思議に思うくらい、一般的な男」と書き、面談を終えた。



 この間、初めてカウンセリングを受けた。

 カウンセラーの男は僕をいかにも不審そうな目で見ていた。きっとこいつがあの犯罪者なのか気持ち悪いとか思われているんだろう。もうそういう目で見られることに慣れてしまった。最初こそ悲しかったものの、途中から感覚がバグってきたんだろう、何も思うことはなかった。しかし、その男はときどき懐かしい顔をした。驚きや安堵といった表情……だったはず。そんな表情を向けられたのは久しぶりだったので、こちらが少し驚いた。

 なぜそう思ったのかは全くわからないが……



 最後の彼女は、警察にお世話になった二年後にできた子だった。今までたくさんの人を失っていたこともあって、大事にしたかった。だから今まで以上に愛を伝えた。彼女もそれを受け止めていつも接してくれた。すごく嬉しかった。本当にこの子だけは大事にしようと思ってプロポーズを考えていたとき、事は起きた。僕が、地方に一か月間出張に行くことになったのだ。それを聞いた彼女は怒り狂った。「私を大事にするならずっとここにいてよ」とか、「私のこと心配じゃないの……」とか。

 正直、昇進が関わっていたし、出張に行かないというのは他の人に迷惑がかかってしまうからしたくない。けれど、どれだけ理由を説明しても、納得してくれない。しょうがないと思い、黙らせることにした。僕だって寂しいのを我慢しているのに。僕は悲しく、少し寂しく、出張のための新幹線に乗った。

 一週間ほど過ぎたころ、僕に電話がかかってきた。警察からだった。

「お宅から死体が見つかりました」

 え、と思ったとき、忙しくて忘れていたことを思い出した……いや、思い出してしまった……警察からは「あなたの彼女が死んでいるので事情を聞きたい」とのことだった。「事件前、何かありましたか」と聞かれて、喧嘩したこと、それから連絡をせず、ずっと無視していたことを打ち明けた。僕が彼女をうるさいと思って黙らせた……殺したことはあえて言わなかった。

 しかし結局、証拠が見つかったらしく僕は警察に捕まり、裁判にかけられた。



「まもなく女性連続殺人事件の死刑囚であるノリトシの死刑が執行されます。これで遺族の方が報われるといいですね。それでは、次はお天気です」

 そろそろ物思いにふけるのもやめよう。自分の死刑がもうすぐ執行されるのだ。不思議と恐怖はない。僕は彼女らと一緒にいたこと、また否認をしなかったことからこの判決になった。何度説明されてもよく理解できなかった。今までの彼女の死に全部関わっていたことに。僕が生まれたことが、彼女らと関わったことが、楽しい人生を過ごそうとしたことが問題だったのだろうか。だとしたらこの命はもう──。そう思いながら、僕は背伸びをして……下の椅子を蹴った。

 これが僕の人生だ。

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