【最終話】
二月六日。放課後、僕と先輩は昨日と同じように、僕の部屋に集まった。そして開口一番に、僕はこう告げる。
「これより、バレンタイン作戦を実行する」
窓の縁に座り、手を縁に被せてながら彼女は不思議そうな表情をする。
「はあ…」
「先輩の好きな人にチョコを渡そう!」
「なるほど…はあ?」
「しかも先輩の手作り!」
「いや、でも、私、物触れないし、持てないし」
「考えがあります!」
○ ○ ○
二月十三日。
「ただいま…って、日々斗、まさかアンタ、一世一代の大勝負する感じ?」
僕、正確には先輩が乗り移った僕の体が頷く。感覚としては、自分の夢を見ているようだった。
「あんたやっぱり好きな人いたんだね!」
その好きな人が、今僕の体で本命チョコ作ってるんですけどネ。
イチゴジャムと生クリーム、そしてクーベルチョコの入った鍋のふんわりと甘い香り。
なぜ、イチゴジャムを入れたのか。
それは僕の友人、富永の部活の先輩が守先輩で、仲が良かったこともあり、好きなチョコを聞き出してもらったからだ。
どうやら守先輩はイチゴ風味のチョコが好きらしい。
そこで、丁度冷蔵庫にあった特製イチゴジャムを使うこととしたのだ。
○ ○ ○
二月十五日。
さて、どうやって出来上がったチョコを渡すのか。
流石に、彼女を憑依させて僕の体で渡す…なんてのは何の幸も生まれない。
だから、脳筋戦略だ。
彼女は力めば物を持つことができる。しかし、相当な体力を要する為、長い間はできない。せいぜい四秒持つのを一回、ダウンタイムを三十分ほど取らなければ、さらに四秒持つのは厳しいらしい。
さらにしかし、彼女には霊体のまま、チョコを四秒以上持ち、直接守先輩に渡すことにした。
しかも、体育館裏に呼び出すのだが、そのための手紙も彼女直筆である。文面は以下の通りだ。
守へ
ほうかご たいいくかんうら こい
みことより
○ ○ ○
放課後、僕は近くの木の裏に隠れて、守先輩が来るのを彼女と待っていた。
守先輩が来たタイミングで、僕が彼女にチョコをパスして、守先輩の前へ出て渡すのだ。
そしてついに。
彼は辺りをキョロキョロと見渡しながら体育館裏にやってきた。
「よし、がんば! 先輩!」
「ひやぁぁ、緊張するぅ、まだいいかな、ギリギリでいいかな」
「ダメです! 今行かないと逃しちゃうかもしれません」
「う、う、う、いってやらぁぁぁ!」
そして、僕は彼女にチョコをパスする。すると、彼女は顔を真っ赤にしながらそのチョコを持って彼の前にでる。既に四秒。
彼はもちろん彼女の姿は見えていないため、ただチョコが浮いたように見えている。
「え、え、え、えぇぇ!?」
守先輩は驚きの声を漏らす。が、すぐに真剣な表情になり、こう口にする。
「ほんとうに、美琴…なのか?」
十秒。
彼女は「うおぁぁぁぁ!」と踏ん張っている。頑張れ。心の内で俺も叫ぶ。
守先輩は徐々に泣き崩れながら彼女のチョコを受け取る。
「俺も…好きでした」
その言葉を聞いた途端、彼女は、チョコよりも重たいナニカが今自身の中から消えたような感覚になった。
○ ○ ○
午後五時。
また、僕の部屋。
彼女は毎回のように、窓に腰掛け、縁に手を重ねていた。
終わった。
そよ風が彼女の未練と僕の未練を攫い、代わりにその感覚を残して何処かへゆく。
数分前、彼女からこんなことを聞いた。
「未練がなくなった私は、もうあと数時間で消えてしまう」と。
○ ○ ○
晩御飯も食べ終わり、風呂も入り、後は寝るだけ。しかし、眠りにつく前に、明日を迎える前に、彼女と別れを告げなければならない。
午後十一時五十六分。
風に揺られる草木の寝息が、窓の外から聴こえてくる。月光が静かに世界を包む、閑静とした、夜。
「私、そろそろ行かなくちゃ」
彼女は外へ振り返り、月を見上げる。
黙って俯いていた僕は、ハッと顔を上げ…それ以上なにもできなかった。
「本当にありがとう。日々斗君にも、チョコ、作ってあげれたらよかった」
でも…やってやらなきゃ。
当たってぶっ壊せ!!
「先輩!」
彼女は僕の方へ向き直る。
「僕、僕…先輩のことが好きでした!」
午後十一時五十八分。
彼女は窓から降りて、僕に近づく。
そしてソっと、紅く火照った僕の頬にキスをした。
キス…、しかし彼女はモノに触れられない。だからこれは。
午後十一時五十九分。
彼女はフルフルと震えている。
僕は気づく、頬に、彼女の唇の感触があることに。
午後十一時五十九分三十秒。
午後十一時五十九分四十秒。
午後十一時五十九分五十秒。
──零時
もう、アナタはミエナカッタ。
アナタしかミエナイ マネキ・猫二郎 @ave_gokigenyo
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