第10話 「え……仕事?」


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「え……仕事?」


 俺が電話を切ると、その内容が分かったのかハルカが聞いてきた。


 俺は眉をしかめて頷いた。

「うん……でも今日じゃない。明日。明日の休み無くなっちゃった。明日パートさんが三人も休む事になったって……」


「代わりの日は?」


 俺は言葉に出さずに首を振って答えた。

 二人の口からため息が漏れた。


 朝の早いハルカと、夜の遅い俺……

 前にも書いたけど完全なすれ違いの生活だ。

 だから、休みだけが貴重な二人の時間だった。

 それが無くなった。


 最近は夫婦共々ストレス溜まってる。


 俺の父は仕事と家庭の両立が出来ずに、俺が幼稚園の頃に母と離婚した。

 俺はそう成りたくないと思っていたんだけど……


 もう……いい加減にしてくれ!!


 叫びたい! 叫び出したい!!


 おっと、急な仕事が入ったイライラで思わず愚痴ってしまった。

 申し訳ない。


「……っという事で明日は仕事だ」

「は? どういう事で? なに仕切り直してるの?」

「ん? あっ……こっちの話」


 ハルカは「ワケわかんない」といった顔で首を振ると、もう一本タバコに手を伸ばした。

 彼女のタバコが増えるのも俺のせいかも。


「はぁ……」

 吐き出したのはタバコの煙か、それともため息か

「明日はもう分かったけど、ソレ……どうするの?」

 ハルカはタバコの先でラッピーを指した。


「ソレって……」

 俺は少しイラッとした。


 ラッピーを物みたいに扱うな。

「俺がいない間はハルカに頼むしか無いよ」

「頼むって?」

「世話だよ。ラッピーの世話」

「えぇ……ただでさえぶぶちゃんいなくて嫌なのに、なんでラッピーの世話までしなきゃいけないの!」

「それは……う~ん、頼むよ」

 またヒステリックになり始めたハルカに気押されながら俺は頼んだ。


 あ、『ぶぶちゃん』ってのはハルカが付けた俺の愛称。

 デブだから『ぶぶちゃん』

 デブちゃんだと失礼だから『ぶぶちゃん』

 より太って聞こえる。


「次の休みまでは頼むよ……」

 もう一度俺は呟くように頭を下げて言った。


「はぁ……お義母さんもまだ一週間はアメリカでしょ?」

「うん……」


 アメリカで育った母は現在アメリカに帰省中。

 おじいちゃんとおばあちゃん……母流に言えば、グランパとグランマの墓参りに行ってる。

 ホテルじゃなくて友人の家に泊まるし、一年に一度だからその期間は長い。


「まだ帰ってこないから、俺が仕事の間はハルカに頼むしかないんだよ……」


 俺とハルカが住むこの家は、昔は母と俺で住んでた家だ。俺が社会人になった時に、母の方から『そろそろ一人暮らししなさい』と言ってきて、この家を出ていった。

 でも、自転車で十分くらいの場所に住んでるから、ハルカが風邪を引いた時とかは看護に来たりする。

 俺が引いた時は、ハルカも母も放ったらかし……まぁそれは良い。


「次のぶぶちゃんの休みは……」

 ハルカはそう言って壁に張られた俺のシフトを見上げた。

「……四日後! じゃあそれまでラッピーと私二人なの?」

 俺もシフト表を見上げながら

「うん……でも俺が家にいない間だけじゃん」

「家にいない間って、ぶぶちゃん私が起きてる間は寝てるか仕事してるかのどっちかじゃん! 居ても寝てるじゃん! 結局二人じゃん! ラッピーと私じゃん!」

 ハルカは捲し立てた。

 確かに……確かにそうだ。


 今日も昼過ぎまで寝てたし……ぐうの音も出ない。


「じゃあ明日からちゃんと朝から起きるから……」

「朝から起きたって仕方ないよ! 私、仕事行くんだし! 帰ってきたらもうぶぶちゃん居ないじゃん!」

「なんだよ……」

 俺は不貞腐れる寸前だった。

『そんなにラッピーが嫌か?』

 って。

 俺だって仕事行くの嫌だぜ、行きたくて行くんじゃない、その間くらいラッピーの世話頼むぜ……


 と、思ったが、

『せっかく起きるならやれる事がある!』と思い付いた。


「なぁ! なら、ラッピーの朝飯、昼飯、あと夕飯の準備と日中の散歩、これ全部やっとくからハルカは夕飯あげるのだけやってくれ! それだけならダメか ?それだけなら良いだろ?」

 と早口で提案した。

 早口なのは嫌と言わせないため。

 俺の嫌な所だ……


 そしてもう一つ、


「それにハルカも次の休み四日後じゃん?ラッピーと二人なのは13時~0時まで!11時間の我慢!それもたった三日!」


「はぁ……」

 ハルカは白い目をしてうなだれた。


「長いよぶぶちゃん……」


 確かに……自分が逆の立場ならそう思うだろう。

 でも俺は白い目を向けるハルカを真っ直ぐに見て最後の賭けに出た。

「もしやってくれたら、前に欲しいって言ってたヴィ◯ンのサイフ買ってあげる!」

 ドヤっという気分だった。

『これならどうだ!』と……


 だが……ハルカの口から出たのは


「安月給のくせに……無理でしょ」


 ギクッ……めっちゃくちゃ痛く心に刺さる台詞。

「はぁ……」

 もう一度ハルカはため息を吐いた。

「分かったよ。ご飯しかあげない。他は何もしない。それで良い?」


「え?」

 ハルカの意外な台詞に俺は理解力が追い付かなかった。

 このままハルカのターンに入って論破されると思ったから。

 だって、いつもそうだから……


「だからぁ……ご飯しかあげない! 他は何もしない! それで良い?」


 十秒くらい間が空いた。


「う……うん」


「クソがっ!」

 OKの意。

 ハルカのOKの意。


「ありがとー!!」

 俺はハルカに抱きついた。

 ボディブローを喰らいながら

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