第9話 「もうヤダぁ!! タバコ吸う!!」
9
暫くするとハルカはやっと落ち着きを取り戻した。
だけど、やっぱりラッピーとは距離を取る。
ラッピーが移動する度に、真四角の俺たちの部屋をラッピーとは真反対に移動する。
ラッピーが右に行けば左に行き、左に行けば右に行く。
「ハハ、逃げたって意味無いよ。もう座りなって」
「うぅぅぅ……無理無理! あぁ……もうまたこっち来た!」
「ハハハハ!」
俺にはハルカのこんな姿が面白かった、
というか嬉しかった。
ラッピーとハルカはまるで鬼ごっこをしていて、追い掛けるラッピーの顔が嬉しそうに見えたから。
きっとラッピーにはハルカが遊んでくれているように思えているのだろう。
でも実際は違うんだぜ、ラッピー!
ハルカはお前が怖くて逃げ回ってるだけ、
「ワンっ! ワンっ!」
吠えやがって、分かってないなぁ~。
でも、こんなハルカもラッピーの存在自体はすぐに認めてくれた。
はじめは「死んだ犬が帰ってきたなんて信じられない」といった様子だったが、俺が昔撮ったラッピーの写真を見せたり、俺しか知らないラッピーの大技『両手』を見せると……あぁ、『両手』っいうのはどんな技かっていうと、俺がハイタッチするみたいに両手をラッピーに向けて見せると、ラッピーが「よっこいしょ!」と二本足で立って俺の手に向かって前足を当ててくる、そんな技だ。俺が教えたんだ。
他の誰も、ラッピーがこの大技が出来ることを知らない。
まぁ……それをハルカに見せると、渋い顔をしてだけど、「認めざるを得ない」という感じで認めてくれた。
「でも、ハルカが犬嫌いだったなんてな」
「嫌いっていうか、写真で見る分には良いけど実物は……」
「苦手か?」
「うん……」
「そっかぁ……」
多分、ハルカは俺が事ある事にラッピーの話をして、ラッピーの写真を見せていたから、自分が犬が苦手なのを言い出せなかったんだろう。
「ハハ……でも、うちのラッピーは他のと違って可愛いぜ! なぁ、ラッピー!」
俺はラッピーを抱っこするとハルカに近付けてみせた。
「ほら!」
「ひぃ~」
「ハハハハ!」
ハルカは手をバタバタさせて逃げ回った。
「もう…本当やめて!」
バシッ!
「あっ……痛っ!」
逃げるハルカがやぶれがぶれでくり出した蹴りが俺の脛に入った。
弁慶の泣き所……急所だ。めっちゃ痛い。
「もうヤダぁ!! タバコ吸う!!」
ハルカは、俺が口をひん曲げて脂汗を流す姿を不機嫌そうな顔で見詰めて怒鳴った。
ハルカの顔も口がひん曲がっていて、多分第三者から見れば夫婦揃って歌舞伎役者の物真似をしていると思われただろう。
因みにハルカはタバコを吸うとき、必ず「タバコ吸う!」と宣言をする。
不思議だ。
ハルカのライターが「ボォッ」と音を鳴らして火を吹いた。
ハルカは立ったまま座る事なくタバコを吸い始めた。
何故ハルカが立ったまま吸い始めたかと言うと、それは蹴りの痛みでうずくまった俺がラッピーを床の上に降ろしたからだ。
ハルカの目はチョロチョロと動くラッピーを警戒していた。
「なんなのコイツ……落ち着いてよ!」
「ハルカが……警戒してるからだよ。人の気持ちに敏感だからさ……ラッピーは……」
深呼吸してる内に脛の痛みは治まってきた。
でもまだ「はぁ……はぁ……」って息が荒い。
その俺の異常もラッピーが動き回る原因かも。
「ほら、ラッピー……ハルカが「落ち着いて」ってさ。座れ、『お座り』!」
俺はラッピーに命令した。
でも聞きやしない。
ラッピーは俺の顔を一瞬見ただけで、すぐにまた動き出した。
昔っからなんだ。
『お座り』だけの命令だと聞きやしない。
オヤツが貰える前提の『お手』の前の『お座り』なら聞くんだけど……
「はぁ……ダメだこりゃ。なぁハルカ、俺たちが落ち着かないとダメだわこりゃ、とりあえず俺たちが落ち着こう。俺がハルカの方に行かせないようにするから、ちょっと座ってくれ」
俺からの提案、ハルカからすると
『さっきお前がイタズラしてきたから、こっちは落ち着かんのじゃ!』
って思っただろう……
「うぅぅ~! むうぅぅ~!」
ハルカは怒っているからか、それとも拗ねたい気持ちの表れか二回呻いた。
でも「ドンッ!」と足を踏み鳴らすと、覚悟を決めたらしい
「うぅぅ~! むうぅぅ~!」
ともう一度呻くと、ゆっくりゆっくりしゃがみ始めた。
でも、それでも膝立ち、
『逃げる準備はいつでも出来てる』って感じだ。
「もう、こっちは仕事で疲れて帰ってきたのに何でこんなになってんの!」
「うん、ごめん」
「ごめんじゃないよ!」
ハルカはヒステリックに叫んだ。
ハルカは地元のスーパーで朝の8時から13時までの約五時間、汗を流してくれている。
俺の収入少ないからさ……
あっ、俺も社員ではあるけどスーパーで働いている。ハルカと同じ会社だ。ハルカとの出会いも会社だ。
……まぁ、それは良いとして。
最近、配属の店が変わった俺は、昼の14時から23時までの遅番ばかりになっているんだ。だから、朝の8時から働くハルカとはすれ違いの生活になっている。
寂しいな……
あ、話が逸れてるな!
戻そう。
ハルカは座ったは良いものの、その顔にはまだまだ警戒心が漂っていて、また俺がラッピーを抱えるとビクッと震えた。
「大丈夫だって、そっちに行かせないために抱っこしただけ」
俺がそう言うと、ハルカは
「ふぅ~~!」
とタバコの煙を俺に吹きかけた。
嫌がらせだ。
「ゴホッゴホッ……やめろって」
「うるせぇ!」
ハルカは唇を尖らせた。
暫くの間、沈黙が続いた。
俺はラッピーをハルカに近寄らせない為に抱っこして遠くに置いたり、手で通せんぼしたりを繰り返していた。
そんな時間が何分間か続いた。
ラッピーのチャカチャカ歩く音と、ハルカの煙を吐き出す音と、なんとなく点けたテレビの音が部屋の中で混ざっていた。
そろそろラッピーを通せんぼするのにも疲れてきたな……って時、最後のひと煙を肺から吐き出したハルカが話し掛けてきた。
「ねぇ、ラッピーって本当に死んだんでしょ?」
「ん? うん」
「うん……って、なにそれ。じゃあ、なんで戻ってきたの? 不思議すぎない?」
「う~ん……まぁそうだな?」
俺は少し考える振りをして、すぐに首を傾げて答えた。
だって、分かんないもん。
ハルカの疑問は俺にとっても疑問だ。
でも、分からないものは分からない!
「さぁ……って。ねぇ、やめてよね、犬のゾンビなんて」
「ゾンビ? ゾンビって土葬の文化の国のヤツだろ? 違うよ、ラッピーはちゃんと灰になって、お墓に入ったんだから!」
それは俺がちゃんと見てる。
最後の最後まで俺はラッピーと一緒だったんだ。
「じゃあ、 どうして戻ってきたのよ!」
ハルカの言葉は、"質問"って言うより"嘆き"だった。
「分かんないよ……」
俺がそう答えた時、俺のスマホが鳴った。
後々聞いてみると、
この着信音は、夢にまで見る程のトラウマになったとハルカは言っていた。
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