第3話 「おい! 起きろ! 飯、飯! 飯の時間だろ!」


 3


 目が覚めたとき、心落ち着く匂いがオレの鼻をくすぐった。


 世界で一番好きな匂い。

 オレんの匂いだ。

 なんだか久しぶりに嗅いだ気がするな。


 何でかわかんないけど、ずっと眠っていた気がするんだ。

 長い眠りから目を覚ました気がしてならない。


 目を開けてみると、見慣れた場所に見慣れた布団が敷いてあった。

 オレの寝床だ。


 つか、何でオレはこんな所で寝てたんだろう?

 冷たい床の上に。

 眠った時の事を覚えてない……


 立ち上がって見てみたら、布団はこんもりと盛り上がっていた。

 近づいてみるとアイツの匂いがした。

 よく泣くのアイツの。よわむしけむしのアイツの。


「この野郎、オレを追い出して一人で寝てたんだな!」

 って思って、布団に足を踏み入れると布団はモソモソと動いた。


「おい!起きろ!飯、飯!飯の時間だろ!」

 オレは吠えてやった。

 オレが起きたら、オレの飯の時間。

 いっつも決まってる。

 オレはどんな時間だって食ってやっても良いのに、アイツはケチだから毎日三回しかくれない。


 その大事な一回をアイツは忘れて寝てやがる!


 オレは怒ってもう一度吠えてやった。

「おい! 起きろって! お・き・ろ!!」


 すると、やっとアイツは布団から顔を出して、まぶたを二回動かした。

 寝ぼけてやがるな……

 オレはもう一度吠えた。


「おい! おい! ってばおい!!」


 アイツは目と目の間にシワを寄せた。

 その顔はどっかに行ったまま帰ってこなくなったグランマそっくりだ。


「オレの大好きなグランマどこ行った!」


 オレが四回目に吠えたとき、アイツは急に起き上がった。


「ラッピー? ラッピーだよな? え……」


 アイツはそう呟いた。

 オレに言ってるってより、自分に言ってるみたいだ。

 相変わらず変わった奴だぜ……

 オレはオレだ、オレに決まってんだろ!


 オレは睨みをきかせてアイツに一歩近付いた。

 アイツの肩がビクッと上がった。

 おっと……ビビらせちまったみたいだな。


「あれ……おまっ……なんでいんの?」


「なんでいんの?」って失礼な奴だな、居て当然だろ!

 しかも半笑いでいやがる。


「ほら、寝惚けてないでサッサと飯食わせろって……」

 オレは催促するようにアイツにゆっくりと近付いていった。


「ラッピー!!」


 なんだ? アワワ……この野郎、急に興奮し出してオレを持ち上げやがった。

 フワフワする! 足が着かねぇ…怖い怖い…怖いって!

「うわっ!」

 と吠えようとした時、アイツはオレを自分の膝の上に置いた。


 ふぅ……怖かった。

 やれやれだぜ……


「ん?」

 そこでオレは気が付いた。

 なんか違う。コイツの膝の上ってもっとゴツゴツしてたよな?

 なんか柔らかいし、ツルペタだった筈のコイツの腹がなんかプニプニしてる……


「でも匂いはおんなじだ。サトシの匂いの筈……」

 オレは顔を上げて、オレを抱き締めるサトシの匂いを嗅いだ。

 クンクンっと鼻をコイツの顔にぴったり付けて匂うと、やっぱりサトシの匂いだった。間違いない。


 でもなんか……太った?

 オイオイ! オレには「ダイエットだ!」とか意味分かんない事言って、飯減らしてきた時があったくせして、この野郎自分だけ飯食ったのか!

 こんなに肥えて!

 いつの間にだ!

 ふざけやがって!!


 オレが怒ってやろうとした瞬間、サトシはオレの名前を叫んだ。

 なんだか嬉しそうに。

 そして、オレの頭の天辺を揉んだ。


 気持ちいい! それ気持ちいいやつ!!

 ハハ! んで、なんでお前はそんなに嬉しそうなんだ?

 ハハハ! まぁいいや! オレもなんか楽しくなってきたぞ!


 オレは舌を出してサトシの顔を思いっきり舐めてやった。

 オレが嬉しい時、サトシが嬉しい時、いっつもやるヤツ!


『ペロペロ』ってサトシは呼んでる。


 これをやれば元気が無い時のサトシも元気になる!

 オレ、偉いだろ! サトシを元気付けてやるんだ!

 元気無いのは嫌だからな! みんな楽しく生きようぜ!! 幸せになろうぜ!!


 オレが『ペロペロ』に夢中になっていくと、サトシも嬉しそうに笑った。

 オレの名前を何回も呼ぶ。


 もっとやれって事だな!

 よぉ~し!!!


 オレは全力で舐めてやった。

 正直コイツの顔の脂の味は好きなんだ!

 ちょっとしょっぱくて旨い!!


 オレがテンション上がって舐める速度を上げた時、急にサトシは変な事を言った。


「なぁ、でもお前……死んだよな?」


「え……?」

 オレは舐めるの止めて、サトシの顔を見上げた。

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