第59話 希望ヲステルナ


ドン、ドン、ドン。

その巨体に見合わぬ軽快な動きが、冒険者三人を苦戦させる。


待て。これを苦戦…戦いと表すのはいささか傲慢すぎるかもしれない。だが、蹂躙とも違う。本来彼ら三人の力では、到底叶わぬ相手であったに違いない。それでもただの蹂躙ともならずに済んだのは、彼らの諦めない心によるものなのか…ただ単に、相手が舐めてかかっているためだろうか。


冒険者たちの懸命な抵抗は、なおも続く…




「まずいわ、さっきから防戦一方やわ」


剣を構えアガスはこう嘆く。なんとか戦線は崩壊せずに済んでいるが、それもいつ崩壊するかはわからない…


「っ…」


白銀の怪物の跳躍飛びかかり攻撃は、アリサの低速落下魔法により弱体化している。あまり効いている様子こそないが…それでも格段と奴の攻撃は避けやすくなっている。


だが、魔法にも当然デメリットは存在する。とくに、身体強化魔法や弱体化の魔法は術者にとっての負担がかなり強い。


攻撃魔法や回復魔法は術者の負担も少ない。簡単な話だ。何故かというと、それは永続的なものではなく使い切りの魔法であるからだ。たとえば…炎を生み出す魔法の役目はただ単に炎を生み出すこと、それだけだ。炎さえ生み出してしまえば魔法の役目は終わり。魔力や体力の消費もそこまで大きいものではない。


だが…身体強化、弱体化魔法は違う。それらは使い切りの魔法ではなく、必要な時間だけずーっとかけ続けねばならない。長くかけ続ければ続けるほど、術者の負担は増えていく。魔力や体力が蝕まれてよく。


さてここで一つ、魔法やそれ関連のものについて説明しておこう。まずは【魔法使い】と【僧侶】の素質についてだ。

前提条件として、人間ひとりひとりが持つ素質は変えることができない。魔法使いの素質の人間が戦士になるのは無謀なこと。それがこの世界の常識だ。


魔法使いの素質は、魔法の威力や効果がかなり高く現れる。ただし、僧侶の素質と比べると魔力が少ない。僧侶の素質はその真逆で、魔法使いの素質と比べると魔法の威力や効果は低いが、魔力は多い。しかし何故か回復魔法は魔法使いの素質より効果は高く現れる。この理由は不明であり、今も魔導大国マドロの学者たちがそれについて研究している。


おっと、魔力についての説明を忘れてしまった。魔力とは、人間が持つ生命のエネルギー。それを媒介にして人間は魔法を使うことができる。生命のエネルギー…と聞くと魔法はあまり無闇に使ってはならないように見えてくるがそれは全く問題ない。

使っても健康上に問題はないことがわかっている。ちなみに魔力は時間経過で少しずつ回復していく…というのは一般常識であり、この世界の人間であれば絶対に知っておかなければならない教養だ。


問題は魔力を使い切ったあとだ。魔力がなくなったからといってすぐに魔法が使えなくなる…というわけではない。だがその場合、消費するのは魔力ではなく…


——体力だ。魔法を使うごとに、体力がどんどん蝕まれていきいずれ気絶…最悪、命を落としてしまうこともある。


実際、身体強化や弱体化の魔法も魔法使いの素質持ちが唱えた方が効果は高く現れる。しかしあまりにも魔力消費が激しいためすぐに魔力が尽きてしまう。だから、効果は低くなってもそれらの魔法は魔力の多い僧侶の素質持ちが唱える。


さて、何故長々と魔法の話を書いていたかというと。——今のアガスたちが、同じ状況に直面しているからだ。


「…」


「…今消費しとるのは魔力やなくて体力やな」


アリサの魔力は、とうに尽きている。今消費しているのは体力だ。

もちろん、魔法使いの素質持ちが身体強化や弱体化の魔法を使うこともある。あるのだが…そうするなら、できるだけ短期決戦に持ち込まなければならない。


しかし、今の状況は悲惨なものであった。ダメージソースは、ほぼハリムの弓矢だけ。もちろんアガスも攻撃しようとしているが縦横無尽に動き回る白銀の怪物には攻撃が届かないことの方が多い。状況は、悲惨なものであった。


「ツギノ行動ヲトレ、コノママデハ死シカナイ」


「うるっさいわぁ!あんたに言われなくてもこっちは足りひん頭で必死に考えとんねん!」


一度アガスは不意を突こうと白銀の怪物の後ろに回り込んだが、バレバレであったようで見事に失敗。

この絶望的な状況を打開できる解決策を、彼らは必死に模索していた。

残忍なギガントマンティス、アカタキ砂漠を統べる砂漠鰐、悪夢に汚染されたミノタウロス。


彼らは、アガスの記憶に強く残っている強者たちだ。だが、目の前のソレはその強者たちを瞬殺できるほどの力を持っている。年は若いものの、アガスたちは数々の苦難を乗り越えたいっぱしの冒険者。何度も絶望的な状況に遭ってきた。だが、目の前のソレは超越している。目の前のソレは絶対強者だ。目の前のソレには誰も勝てない。そんなこと、とっくにわかっている。

だが、アガスたちはそれでも僅かな希望に縋りつき懸命な抵抗を続けている。


「ナゼ抵抗ヲツヅケル?ナゼ自分ヲ優先セヌ」


白銀の怪物は、彼らに向かってそんな質問をした。


「それが俺たちのやり方だからだ」


三人に向かって問いかけてきた白銀の怪物に、ハリムは弓を引きながらそう言った。


「ナルホドナ」


予想外の答えだったのか、それとも何やら感慨深く感じたのか。その答えを聞き白銀の怪物は一瞬動きを止めた……だが、すぐに活動を再開。


「ソレナラ、ミセテミヨ。絆ノ力、トデモイエバヨイカ?」


そう言い放つと同時に、白銀の怪物は急に振り向き、両手を振り上げ拳を地面に叩き落とした……いや、これだけで終わりではない。地面から生まれたエメラルド色の波動が、アリサとハリムの二人に押し寄せる!


「!?メテオバーストッ…!」


「バーニングボウ!」


「卑怯やぞ!ぐおおおおお!!!」


耐久力の高い自分ではなく、急に耐久力の脆い二人を狙い撃ちしたことにアガスは憤った。二人は自分の持つ奥義でその攻撃を相殺しようとしたが…ダメだった。喰らってしまった。


二人の身体は吹き飛ばされ、宙を舞い、地面に激突した。

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