第6話

機巧種エクスマキナ、なのか……?」


 それは、人ではない。かといって、人造人間ホムンクルスでもない。あれは、神の手によって造り出されたヒトを象りし被造物。現代の錬金術師は人造人間ホムンクルスの設計に機巧種エクスマキナの構造を組み込んだと言われている。未確認個体も含め、世界に二十四体のみ存在する超希少種だ。


 アーヴィーは引き寄せられるように歩を進め、ガラスの水槽に手をついた。実際に対峙して感じる圧倒的な魔素保有量キャパシティ。ただそれだけが人と機巧種彼らの違いを改めてアーヴィーに教えてくれる。


(……本当にそっくりだな。外見は人間とほとんど変わらない)


 イヴが言っていた秘宝というのはこの機巧種のことで間違いないだろう。探索二日目の夜にして、アーヴィーは思わぬ当たりを引いたらしい。


 眼前の機巧種は体外に漏れ出るわずかな魔素を感知したのか、俯いていた顔を上げ機械仕掛けの瞳でその姿を捉えた。開かれた瞳には歯車のような幾何学模様が浮かび上がり人の眼球と同じ機能を果たしている。機巧種は変わらぬ無表情のままゆっくりと口を開いた。


「わた、しを……して……」


 だがガラス越しのせいか、そもそも声が小さいのか上手く聞き取ることができない。特殊な薬剤の満たす水槽の内側で機巧種は更に続けて呟いた。


「出し、て……私を、ここから、出して……!」


 その声に何か特別な術式が組み込まれているわけではない。にもかかわらず、アーヴィーの身体は勝手に動いていた。左手に微量の魔素を流し、一節詠唱の攻撃呪文アサルトスペルで水槽を破壊する。


 粉々に砕け散ったガラスの破片と溢れ出す薬剤。外界へ投げ出された小柄な身体をアーヴィーは咄嗟に抱き止めた。


「おい、大丈夫か?」

「…………肯定、する。問題、ない」


 腕の中で何度か咳き込んだ機巧種の少女は覚束ない足取りでアーヴィーから離れ、直後盛大に転んだ。


「……」

「……」


 無言の気まずい静寂が空間を支配する。とりあえずアーヴィーが床に倒れ伏したままの身体を起こしてやると機械の少女はどこか恥ずかしそうに・・・・・・・口を開いた。


「……見た?」

「いや、見てない見てない」


 咄嗟に否定してしまったもののこの切り返しは流石に無理があるだろう。


「……やっぱり、見てた、でしょ?」

「……はい」

「仕方、ない、の。私は、最初に造られた、最古のエクスマキナ、だから。他の個体より、不完全」


 世界に存在する二十四個体中、最古の個体。それが今、目の前にいる。魔術師や錬金術師ならば誰もが歴史的発見として論文を書くような状況。次から次へと襲い来る驚愕の連続にアーヴィーは軽い目眩を覚えた。


「ちょっと一旦整理させてくれ」

「何、を?」

「お前、自分の希少さ分かってるか?」

「……?」


 やはり、理解していないらしい。だが機械仕掛けの少女に人の感情を読み取れという方が無理な話だ。


「あー、そういや自己紹介がまだだったな」


 自分一人だけ狼狽しているのも馬鹿馬鹿しくなったアーヴィーは、一度ため息をついて口火を切る。


「俺はアーヴィー・ディナード。専門は死霊術なんだが一応魔術にも心得はある。よろしくな」

「……ん。私は、e342Sb784N09ーα」

「今なんて?」


 とても名前とは思えないような記号の羅列にアーヴィーは思わず聞き返していた。


「それは名前なのか?」

「そう。個体識別番号」

「なるほど。でも俺にはまったく聞き取れないんでな。もう少し呼びやすくしてもらえないか?」


 人の名前を省略しろというのはあまり気が進まなかったが今回ばかりは仕方ないだろう。機械の少女は数秒間黙り込むと衝撃的な一言を口にした。


「001で、いい」

「……」


 それは名前ではなく、ただの記号である。


「……お前の名前、俺が決めても?」

「どうぞ」


 即答だった。機巧種にとっては個体識別番号も名前も同じ、各個体を特定するものでしかない。そこに執着など生まれるはずもないのだ。彼女たちは、論理の塊なのだから。


「……じゃあ、アルファ、でどうだ?」


 先程彼女が名乗った個体識別番号の中から唯一聞き取れた最後の一文字を、名前として提案してみる。


「了承、する」


 返ってきたのは極めて予想通りな、予想通りすぎる一言。だが。


「でも、その前に一つ、お願いがある」


 続いて機巧種改めアルファが発した『お願い』はアーヴィーの思考回路をいとも容易く混乱へ陥れた。機巧種にそんな機能は存在しない。人に何かを望み、何かを願い、頼むことなど、出来るわけがないというのに。


「私に外の世界を、教えてほしい。そのために、ここのフロアボスを、倒して……?」


 この機械は一体、何を言っているのだろうか。

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