第5話

 鉱山から命からがら脱出したアーヴィーは今夜の寝床を確保するべく西エリアへと足を向ける。まだ寝付くには早い時間だが既にアーヴィーの魔素は底をつきかけていた。


(流石に二重詠唱ダブルスペリングは無理があったか? まぁ、ダンジョンに入ること自体久しぶりだしな。鈍っていてもおかしくはない……)


 そう考えながらアーヴィーの頭を過るのはモデル・ウルフに捕捉された時のこと。あの時、アーヴィーはモンスターに捕捉されるほどの魔素を体外に漏らしてはいなかった。ならば。


(どうやってアイツらは俺の魔素を探知した? 鉱山に描かれていた作りかけの魔法陣……あれを描いた魔術師の敗因は本当に単なるミスなのか? ここのモンスターは、魔素の気配に敏感すぎる)


 それがダンジョンの攻略を阻む大きな壁となっていることは間違いない。モンスターのレベルはそこまで高くないものの遭遇してしまえば交戦は避けられず、一体討伐するだけでも大量の魔素を消費する。これでは迂闊に低級魔術も使えない。


(ま、その対策は追々考えるとして……物量戦も視野に入れねぇとなぁ)


 アーヴィーは今後の方針を練りながら空気中に漂う魔素の流れに沿って歩き続ける。魔導具の反応を見てもこの先に魔素の溜まり場があるのはほぼ確実だ。今日はその周辺に魔法陣を敷設し休息を取るつもりだった。


 イヴから聞かされた宝については未だ何の情報も得られていない。アーヴィーも探索二日目にして当たりを引けるとは思っていないが、そろそろ本格的な捜索に乗り出さなくてはならないだろう。このダンジョンには無数の宝箱が隠されているが九割以上はミミックというモンスターで構成されている。宝箱に擬態し、不用心に近づいてきた人間を食らう魔物の一種だ。アーヴィーも一度だけ手首から先を持っていかれたことがある。


「……お、宝箱発見」


 過去の苦い経験を思い出し、アーヴィーは回収しておいた空薬莢を宝箱目掛けて放り投げた。軽快な音を立てて命中した空薬莢は宝箱に扮していたミミックに一瞬で飲み込まれてしまう。やはり、罠だったようだ。


(そりゃそうか……)


 アーヴィーは腰のホルスターから45口径のオートマチック拳銃を抜き、ハンマーを起こす。狙いを定め、三発ほど撃ち込むと防御の術を持たないミミックは呆気なく消滅した。


(よし、ミミックのお陰で魔素がいい感じに溜まってるな。ここなら消費した魔素も明日には回復してるだろ)


 この場所を今日の寝床として選んだアーヴィーは早速水銀を取り出し魔法陣を描いていく。水銀は魔素と相性がよく、古くから魔法陣や結界の敷設に用いられてきた触媒だ。昨今では簡易的な魔法陣を自動で構築してくれる魔導具が販売されているものの、アーヴィーは自身の技術以外は信用していない。だが。


「あ、やべ……」


 手慣れた様子で作業を進めていたアーヴィーは、あることに気がついて手を止めた。


「水銀が足りねぇ……」


 今日の分は何とか捻出できたとしても、明日以降は確実に不足してしまう。質のいい水銀を入手するには一度ダンジョンの外に出るか、使い魔を使役して運んできてもらうしか方法はない。どうしたものかと思案しつつもアーヴィーの手は結局、描き始めた魔法陣を完成させていた。生粋の魔術師ではないとはいえ、眼前の魔術に対する情熱はアーヴィーも人並み程度に持ち合わせている。途中で投げ出すような真似は、出来なかった。


(とりあえず今日はこれでいいとして……どっかに水銀落ちてねぇかな)


 水銀とは言わないまでも触媒として使える素材くらいは探せば見つかりそうだ。そう思い立ったアーヴィーは魔導具が強い魔素反応を示した方向へ歩き出す。異変は、直後に訪れた。


 方位磁針のような形をした、魔素に引き付けられる魔導具の針部分が異常なスピードで回転し始めたのだ。数十秒間に渡って回転を続けた魔導具は、やがて耳障りな金属音と共に壊れてしまう。咄嗟に足を止めたアーヴィーは回廊の突き当たりに視線を向けた。


 魔導具などなくとも感じる濃密な魔素の気配。懐中時計を確認したところ、時刻は午後の十時半を指し示していた。アーヴィーが最も効率よく魔術を行使できる時間帯だ。より万全を期するならあと二時間ほど待った方がいいのだが最低ラインの十時は既に過ぎているため問題ないだろう。


(どうせもう水銀は足りない。一時撤退前に様子見くらいはしておくか……)


 膨大な魔素の正体を突き止めることが出来れば攻略の糸口を掴むことも出来るはずだ。警戒しつつ扉の前に立ったアーヴィーは鍵穴付近に刻まれた古代文字を再び解読し始める。洞窟型ダンジョンには古代文字を用いた暗号のような文章が残されていることが多いのだが、ここも例外ではなかったらしい。


『獣の試練を乗り越えた者のみが、この扉を開く資格を有す』


 これまで解読してきたものと比べると、かなり簡潔かつ短い文章だった。獣の試練というのは鉱山で戦った狼型モンスターのことで間違いないだろう。アーヴィーはあの時手に入れた小さな鍵を使って扉を開けると、魔素の充満した空間へ足を踏み入れる。


 室内はやや明るく、中央に位置する円柱状のガラス水槽を淡く照らしていた。そして、その中に眠る一人の少女。


「あれは……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る