第17話

「遮蔽物を利用しろ!」

 SDIRの隊員たちは銃撃をしつつ、包囲を広げて後退してゆく。校庭の外縁に沿って遊具が並んでおり、各々、そこを目指している。

「来る!」

 瑠華の言葉で俺は視線を戻した。振り上げられた触手が二本、こちらに落下を開始するところだった。俺は左足を踏み込み、いったん引いた右腕を一気に振るった。

 先端を長刀にしたノインシュヴァンツ・パイチェが、向かってくる触手を音速で迎え撃つ。中ほどで切断されたそいつが俺たちの頭上を飛び越え、背後に落下する。

 ほぼ同じタイミングで瑠華が舞い、アルタートゥム・クラレが月光に輝く。スライスされた触手が飛び散り、俺たちの目の前に転がった。

「瑠華、ヒロトを頼む」

「どうするの?」

「少し手を貸してくる」

「気をつけて」

「ああ。ついでに一佐も守ってやってくれ。余裕があったらでいい」

 名取一佐がこちらに一瞥をくれる。銀縁メガネがずれてる。

「情けなどいらん。借りをつくるつもりはない」

「強がるな。部下が死んでるぞ」

「まぁ見てろ。今回はただの白銀弾だけじゃない」

 一佐の合図で幾人かの隊員が後方から躍り出た。彼らは96式自動擲弾銃を抱えている。銃本体だけで24kgもある代物だ。ふたり一組みになって校庭に散開し、三脚架を立てていく。

「ずいぶん物騒だな」

「銃弾がな。特殊なんだよ」

 40ミリの銃口が火を噴いた。媒介者の表面に着弾すると、弾頭の衝突による急制動を利用して、銃弾本体が十字に割れる。そのままピッケル状に別れた四つの尻尾がめり込んだ。

十字杭じゅうじこう弾だ。白銀弾と同じ材質でできている。目的は対象にダメージを与えることじゃない」

 名取一佐の頬が上気している。わかりやすいヤツだ。

「新兵器だか知らんが、ほどほどにな」

 俺は一佐の相手をするのをやめて、暴れている触手に挑むことにした。目的が異なるとはいえ、未来ある自衛隊員が死んでいくのを見るのは忍びない。俺は音速を超える鞭で一本を斬り落とし、そいつが落下してくるより先に真下を通過。隣の触手を下から掬うようにして切断した。

 瑠華はヒロトに寄り添っている。ときおり、狂ったように接近する触手を払いのけながらも、積極的に戦いに参加しようとはしない。俺は瑠華がなにを考えているかよくわかる。

 十字杭弾が次々に撃ち込まれ、着弾と同時に花開いていく。それが増えてきて、ようやく魂胆が理解できた。近接する十字杭弾同士が絡まり合うことで、動きを封じていくのだ。

 触手の根元に十字杭弾が集中する。いくつかの触手に対しては効果が出始めているようだ。

「ははは! 触手さえ封じればただの黒イソギンチャクだ!」

 名取一佐がこれほどわかりやすいヤツだとは知らなかった。

 たったいま俺が斬り落とした触手のかげから、また別の一本が踊るように伸びていく。その先には遊具があり、SDIRの一組みが20式自動小銃を連射していた。慌ててノインシュヴァンツ・パイチェを返すが、斬り落とすだけの重さは込められない。俺は一か八か、隊員たちを打つことにした。先端の刃を裏返し、花弁のように九枚を広げ、これを叩きつけたのだ。ちょっと硬いネコジャラシみたいなものだろう。文句はあとで聞く。

 触手が唸ると、彼らの隠れていたシーソーは瞬時に粉砕され、その木片が宙を舞った。金属部分はひしゃげ、無残に地面に這いつくばっている。つまり遮蔽物としての効果がなかったということだ。隊員たちは重なり合って吹っ飛んだおかげで、ふたりとも辛うじて無事だった。あばらの二、三本は折ってしまったかもしれない。やはり文句はあとで聞こう。

「巽ぃ! なにをしている!」

「あ? 助けてやったんだろうが!」

 つい名取一佐に反応してしまったことが過ちだった。

 俺は触手に足元をすくわれた。

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