第16話
果たしてこれは、音なのか振動なのか、瞬時には判断がつかなかった。とにかく皮膚も骨も鼓膜も、得体の知れない震えを感知したと脳に送ってくる。全身の筋肉が勝手に緊張し、身構える。
「一佐!」
隊員が大声をあげた。
「小学校です! 校庭の中央が陥没しました!」
その報告を合図に俺たちは走り出し、県道に戻ったところでそれを見た。
瞬間、この光景を忘れる日はこないと確信した。
陥没した場所から、紫紺の繊維を縒った束が集合し、一塊を成して屹立しているのだ。その大きさは人の背丈の軽く三倍はありそうだ。まるで石造りの古い墓標か、あるいは巨石文明の遺跡のように思えた。
繊維の束はまだまだ上方へ伸びていくが、一定の高さを超えると集合をやめて、各々好き勝手な方向へ成長していく。それは触手のように、畝り、踊っている。
「……うそだろ」
左肩を押さえたまま、ヒロトが呟く。
「ひょっとして……姉ちゃん? あれが?」
SDIRの隊員が音もなく移動を開始した。名取一佐がハンドサインで指示を出していたようだ。20式自動小銃のほかに、なぜか96式自動擲弾銃を携えている者が混じっている。
川沿いの草むらでは、虫が何事もなかったかのように賑やかさを取り戻している。自然とは、強い。そしてヤツらもまた自然の一部なのだ。
校庭ではSDIRが展開し、触手の生えた墓標を包囲している。
車に積んだ応急処置キットでヒロトの止血をしている間に、自衛隊の総攻撃が始まった。間断なく放たれる白銀弾が、媒介者に吸い込まれていく。着弾した箇所で、繊維が蒸発するかのように爆ぜ、鈍い音を発する。それらと銃撃音が混ざり合って山腹で反響し、集落全体が破裂音のドームに包まれているかのように思えた。俺たちも校庭に入り、媒介者を見上げる。こんな図体は見たことがない。
「巽ぃ。今回は俺たちがもらうぞ」
名取一佐の銀縁メガネが月明かりで光っている。
「こんなでかいのをどうやって持ち帰るつもりだ?」
「持ち帰るのは無理だろ。制圧するだけだ」
「あんたの任務は研究素材の確保じゃなかったか?」
「制圧したあとで、ここに研究施設を建てるしかないな。どうせこの集落は廃村だ。学校に通う者はもういない」
瑠華は左手をヒロトの背中に添えた。
苦しむように畝る媒介者が、上方の繊維の束を大きく揺らしている。
「触手が……太っている」
瑠華のつぶやきに一佐が反応し、銀縁メガネをつまんで目を凝らした。
「なんだと?」
たしかに、補充されるように地中からのぼってきた紫紺の繊維は、それぞれの触手に絡み、一体化してゆく。縄のようだったそれらは、人の腕ほどの太さになり、たちまち胴回りの太さになった。
突如、触手の一本が地面を叩いた。下から突き上げる強い衝撃がきて、バランスを崩しかけた。
「こいつはヤバい」
次の瞬間、無数の触手が一気に暴れ出した。俺たちのすぐ頭上を横殴りに通過する。名取一佐が首を縮める姿は滑稽だが、楽しんでいる余裕はない。自衛隊の銃撃もさらに激しさを増すが、本体への着弾はずいぶんと減った。触手に阻まれているのだ。
やがて、一本が唸りをあげて隊員を襲った。しなるようにして振り下ろされる触手を防ぐ手段はない。全身の骨格を粉々にされた彼は、鳥のフンのように地面に附着する屍体となった。
もうひとりの隊員が、悲鳴をあげながら銃口を上向ける。しかし、別の触手が彼を払いのけた。白銀弾を天に向かって乱射しながら、彼は校舎の外壁に激突した。
「距離を取れ! 遮蔽物を利用しろ!」
名取一佐の指示が飛び、それぞれが銃撃しつつ後退を始める。
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