第18話

 媒介者からすれば、それは狙いではなかっただろう。いわゆる偶然だ。獲物を求めて畝っている一本が命中しただけだ。それでも俺の身体は跳ね飛ばされ、地面のうえを激しく転がった。そこまでは認識している。次に意識を取り戻したときは、うっすらと雲のかかった月と、朧げな星々、そしてその手前で暴れている紫紺の繊維の束が見えていた。

 四肢のいずれかが砕けているかと覚悟したが、幸い脳からの指示を拒否する部位はなかった。俺は身体をひねって、視界を変えた。


 恵子さんのロングカーディガンが、舞踏する演者のドレスのように颯爽と踊っている。月明かりの下で、それは白い風のようにひらいては、次の瞬間には、手繰られるように瑠華の身体に巻きつく。

 瑠華は、着地している瞬間があるのかというほど飛び回って戦っている。ヒロトだけでなく、俺のことを守る必要ができたからだ。中間あたりに位置取って、害を及ぼしそうな触手を次々に切り裂いていく。いまも、アルタートゥム・クラレの遠心力を使って宙返りを繰り出しながら、一本を輪切りにしたところだった。

 ヒロトは立ちすくんでいる。左肩をおさえたまま、じっと媒介者を見つめていた。この一瞬ごとの場面を脳に永久保存するつもりなのか、瞳孔を広げきったまなざしには鬼気迫るものがある。

 名取一佐の姿は見えない。遮蔽物へ移動したのだろうか。


 俺は身をよじって、遊具が立ち並ぶほうへ視線を向けた。そこはまさに攻防の最中だった。

 SDIRの新兵器によって、いくつかの触手が動きを封じられている。なるほど、近接した十字杭同士が絡まり合い、可動範囲を狭めている。相手がこれほどの図体でなければ、効果は大きかっただろう。

 媒介者がそれに気づいているのかは定かではないが、主たる攻撃がSDIRたちに向いていることは明らかだ。瑠華がひとりで持ちこたえられたのは、それが理由だろう。野球のバックネットの裏側に名取一佐の姿があった。なにやら指示を出しているようだが、この激しい銃撃音のなか、隊員たちに伝わっているのだろうか。

 登り棒がまるで割り箸のように折られ、その背後にいた隊員が袈裟懸けに叩きつけられる。触手が退いたとき、ふたりは地面と一体化していた。雲梯に寄っていた一組みは、むしろその遮蔽物との間に挟まれ、全身の骨を砕かれて崩れ落ちた。

 着弾する白銀弾の数があきらかに減っている。

 俺は両手を地面について、上体を持ち上げた。頚椎が悲鳴をあげる。自分の頭部がこれほど重いとは。大腿筋を叱咤しながらなんとか立ち上がる。ノインシュヴァンツ・パイチェを握り、右腕を振るった。

「うおおおお!」

 長刀となった先端が触手に斬り込むが、切断するには至らなかった。運の悪いことに、そいつの軌道が不規則になったせいで、ヒロトのほうへ向かっていった。

「瑠華!」

 俺が叫ぶよりはやく彼女は反応していた。中央の鉤爪を左手で掴み、アルタートゥム・クラレの背で触手を受け止めた。低く鈍い音がして、瑠華は左膝をついた。


「もうやめろよ!」

 ヒロトが怒鳴った。上体を折り曲げんばかりに、力いっぱい声を張る。

「姉ちゃん! もうやめろ!」

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