第14話
ガードレールに巻き付いていた一体を、ノインシュヴァンツ・パイチェが十分割する。その間に瑠華が路上の一体を切り裂く。空中を浮揚している個体には鞭を躱されたが、アルタートゥム・クラレが下から串刺しにした。民家の屋根に現れた一体を、俺が真っ二つにしたと同時に、路地を駆け抜けようとした一体を、瑠華の爪がすれ違いざまに解体する。
最初の集団はこれで全て還した。だが、こんなものはまだ序盤に過ぎない。
「え? 家がない?」
角を曲がれば、そこにヒロトの家が見えるはずだった。しかし景色のなかに、それはなかった。もちろん建築物が消滅するはずはない。崩壊したのだ。屋根の残骸が、地面に突っ伏している。
「キミの家にあったあの大穴。あれが地中から這い出るヤツらの出口だ」
「あれが?」
「ああ。穴が広がって建物が崩れたということだろう」
「ど……どうしたら?」
「ヒロトくん。落ち着いてね。私たちの後ろにいて、身を守って。キミにできることはそれだけ。次は、さっきの比じゃないから」
崩れ落ち、なかば穴に転落しかけている屋根の残骸が、小刻みに震えだす。次第に振幅が大きくなり、月明かりのもとで木材の輪郭がぼやけていく。破片が穴に落ち、粉塵が宙を舞った。
次の瞬間、屋根の木材が弾け飛んだ。
紫紺色をした有象無象が吹き出したのだ。大小様々。形状も多様。それらが四方八方へ飛び散るように拡散した。
「瑠華!」
「わかってる!」
目の前の一体を刻みながら、瑠華は後ずさった。俺も右腕を振りながら、ヒロトの近くへ寄る。数が多過ぎて、もはや狙いを定めてはいられない。横殴りに薙いでいくだけだ。
「いつもこんななの?」
「いや。これだけ爆発的なのは初めてだ」
「もし一匹逃したらどうなるの?」
「集落の外へか? それは最悪だな」
一体が人間を喰らうといってもたかがしれている。問題はこいつらの吐き出す黒い粉末だ。それを浴びた人間は、結局のところこいつらの仲間入りをする。だからヤツらが鼠算式に増えていくことになるわけだ。逆に言えば、人間が減ってゆく。
下がってきた瑠華が、俺たちに合流した。
「巽ちゃん。これ、無理だ」
遠心力で一回転しながら、瑠華が言う。しゃべりながら二体還しているのは流石だ。
「わかってる。しかし、やるしかない」
「ヒロトもいるのに?」
「そもそも撤退する先なんてないだろ」
「でもここにいるよりはマシ」
目の前で、紫紺の羽を生やしたヤツが上空高く羽ばたいた。もう鞭が届かない高さだ。
奥歯を噛みしめたとき、銃声が響いた。一発や二発ではない。一斉射撃だ。山がそれを跳ね返してエコーのように繰り返す。その反響が終わるよりはやく、羽を生やしたヤツは落下して、地面に散った。
「よし。展開!」
SDIRの隊員たちが機敏な動作で包囲態勢をつくっていく。
多数の20式自動小銃から放たれる白銀弾が、次々とヤツらに撃ち込まれていく。穴から遠ざかっていたヤツほど、集中射撃を浴び、力尽きてゆく。自衛隊の白銀弾は質こそ低いが、集中運用することでその弱点を補っている。とにかく一体に対して無数の銃弾を撃ち込むのが彼らの戦術だ。
「巽ぃ」
嫌な声がする。
「情報は共有しろと言ったはずだ。穴を黙ってたな」
「俺たちもいま知った」
名取一佐の顔を見る余裕はない。今はまさに共闘中だ。鞭の届く範囲に、休む間もなくヤツらがやってくる。背後のヒロトを守らなければ。瑠華が俺の打ちもらしたのを丁寧に還しているから、近距離は彼女に任せよう。
「それにしては現場に着くのが早すぎるじゃないか。なあ」
「偶然だ」
戦闘が始まれば指揮官はヒマなのだろう。やたら粘着質な口調を背中に投げつけてくる。
しかし物量攻撃が効いている。ふたり一組みになって行動する隊員たちが、効率よくヤツらを倒してゆく。その包囲網が徐々に狭まり、ヒロトの家の敷地に足を踏み入れるまでになった。それに応じるように、俺たちも近づく。
雲が動き、月明かりが朧げに照らした。
砕け散った屋根の木材が散乱する、その中心を。
地表に空いた大穴から伸びる影は、人のかたちをしている。紫紺の繊維で編んだような人のすがた。それが下半身を地中に埋没させたまま立っているように見えた。
「姉ちゃん!」
ヒロトが声をあげた。静止したが間に合わず、銃弾が踊る中心部へ駆け出してしまった。
紫紺の人型は、たしかに女性のような曲線をもっていた。上方で揺れ動く繊維の先端は、長い頭髪のようにも見える。
「姉ちゃん! 姉ちゃん! 俺だよ!」
飛び降りんばかりに近づくヒロトを、瓦礫が阻んだ。立ち止まったところに風船のように肥満したヤツが近づき、飲み込もうとする。すかさず三十発の白銀弾がそれを消しとばした。
「戻りなさい! ヒロト!」
追いついた瑠華が少年の腕を引っ張るが、彼は動こうとしない。
「イヤだ!」
「ここは危ない! 近すぎる!」
足元を這って近づいてきた紫紺の影に、瑠華が爪を突き立てて還す。
「大丈夫! あそこに姉ちゃんがいる!」
「ヒロト。あれはお姉ちゃんじゃない」
「いや、姉ちゃんだよ! わかるもん!」
「そうじゃないよ、ヒロト。あれは、もうお姉ちゃんじゃないんだ」
接近してきた一体を四分割しつつ、瑠華が言う。
「どういうこと?」
「あれは……媒介者だよ」
ヒロトは瑠華から視線を外し、大穴の中心を見つめた。その時だった。少年の左肩でなにかが弾け、彼はその衝撃のままに、膝をついた。
流れ弾が命中したのだ。
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