第13話
「来た……かな?」
群青色の中空を見上げながら瑠華が呟く。その焦点は遠い。
「感じるか?」
「うん」
俺はやや深めに肺にニコチンを送ってから、点けてほどないタバコに別れを告げた。
「おい。いくぞ」
車内のヒロトに声を掛ける。残酷かもしれないが、少年を残しておくわけにはいかない。独りになればたちまち餌食にされてしまうだろう。俺たちと行動するしかないのだ。
太陽の熱が残るいまは気温が高いが、山間の夜は冷える。瑠華は恵子さんのロングカーディガンにふたたび袖を通した。
「あれ。なんだ?」
歩き出そうとした矢先、ヒロトが指差す。
「トビウオ?」
確かに動きはトビウオのそれにそっくりだ。しかしここは陸上。しかもサイズが大きすぎる。
紫紺のトビウオは川を飛び越えるつもりのように見えた。だがこちらに気づいたのだろう、急に方向転換した。正面から見るとただの筒のようだ。左右に開いた翼もほとんど見えない。
瑠華は腰を落として身構えた。アルタートゥム・クラレの中央の爪が、地面に触れそうなほどだ。筒はバウンドしながらこちらに接近してくる。どうやら筒の中心は暗い穴のようだ。
俺は瑠華の後ろから右腕を振るった。彼女の身長より高い位置へノインシュヴァンツ・パイチェの白銀色を伸ばす。筒は次のバウンドで捉えられるはずだった。しかしヤツはリズムを変えた。滑空したのだ。
鞭のすぐ下を潜るようにして、一直線に俺たちに向かってくる。もちろん、そうなるように誘導したのだ。バウンドされていたら瑠華の右手では戦いづらい。
射程距離内に入った瞬間、瑠華は最大限の瞬発力で逆進し、ヤツのスピードを逆手に取った。すれ違いざまに三本の鉤爪が切り裂く。四分割されたそれは、地面に転がり、溶けるように地中に染み込んでいった。
「……開宴の合図かな」
「さて……忙しくなるね」
俺は鞭を巻き、瑠華は右肩を回す。
見れば、路上にはいくつかの影。すでに宴は始まっていた。
「ヒロト。大丈夫か?」
「……うん。でも、ヤツらがいるあたりは……」
「ああ、キミの家がある」
「はやく、追っ払って。もし姉ちゃんが帰ってきてたら……」
真実を伝えるのは、やはり残酷だ。だがいまはキミの願いを叶えよう。
「そうだな。やっつけよう」
「うん」
「俺たちから離れるなよ」
「わかってる」
月の近くに、金星が輝いている。
夜空が、人ではないものたちを、照らしている。
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