第12話

 名取一佐と俺たちの利害は、途中まで一致し、途中から分離する。

 一致している点は、この災害を限られた範囲内に抑え込むこと。これに関しては、共闘という彼の表現はあながち間違いではない。俺たちには拡大を防止する力はないのだから。

 しかしその先は異なる。俺たちは地中から出てきたものを再び地中に還す。それだけだ。だがSDIRの目的は根本的解決だ。地中から出てくるヤツらの起点を自分たちで管理し、研究し、攻略すること。すなわち抜本的駆除を目指している。


 ベクターとは媒介する者を指す言葉だ。マラリアの媒介者は羽斑蚊。ペストの媒介者はネズミ。つまりはそういうことだ。地中から湧き上がってきた黒い粉末は、近くにいる生命体を侵食する。特に好まれるのは人間の女だ。妙齢のそれを取り込んだあとは、胎を借りるようにして次々とヤツらを産み出していく。つまり、ヤツらを産む状態になった元人間のことを、媒介者と呼んでいるわけだ。

 そして、その扱いを巡って両者の利害は決定的に対立する。SDIRは媒介者を捕獲することを目指し、俺たちは地中に還すことを目的とする。


「地中に還すって、どうやって?」

 ヒロトが首を捻る。俺は愛車を小学校の校門あたりに移していた。名取一佐が許可を出したので、隠れている必要が無くなったからだ。

「瑠華がな、それをやるんだ」

「他の人にはできないってこと?」

「そうだな。瑠華だけができる。正確には、瑠華の家系だけが代々できる」

「あの武器を使って?」

「武器で地中に還せるのは胎から出てきたヤツらだけだ。媒介者には別の方法を使う」

 アルタートゥム・クラレとノインシュヴァンツ・パイチェが白銀色をしているのは理由がある。ある河川だけで採れる特殊鉱物を使っているからだ。神流川かんながわと呼ばれるその川は、瑠華の家系の発祥地でもある。

 その鉱物を使って武器を造りあげたのは、瑠華の母親である恵子さんだ。武器の名称がドイツ語なのは、それらを完成させたのがハーメルン市内だったからだ。協力者もバルト系ドイツ人だ。

 ところが数年前、その鉱物の採れる神流川流域は立入禁止区域になってしまった。表向きは公的施設の建設予定地だからとなっているが、要するに自衛隊が一枚噛んでいるのだ。SDIRの使っている白銀はくぎん弾はこの鉱物の合金だし、消化剤のように噴霧しているのもそれを溶かした溶液だ。ただし質が低すぎて、俺たちの武器とは比べ物にならない。


「おまたせ! 食料もらってきたよ!」

 アディダスのスポーツバッグを重そうに抱えて、瑠華が戻ってきた。

「ヒロトくん。お腹すいたでしょ!」

 やたらと得意げな顔をしている。

「あ、うん。ありがとう」

「ね。昨日からなにも食べてないもんねー」

 バッグからゴロゴロと缶詰が出てきた。戦闘糧食、いわゆるミリメシだ。

「ヒロトくんにはこれがいいよ。鶏めしに、ソーセージに、味付きマグロ」

「うわぁ、なんか美味しそう!」

「たっぷり食べてよ。育ち盛り」

「瑠華さんはどれにしたの?」

「ううん。私はいらないんだ」

「そうなの?」

「うん。そして巽ちゃんには、はい。白米」

「……俺は白飯だけか?」

「あと福神漬けもあるよ」

「なるほど。カレーか」

「カレーはないから」

「ないのか」

「ないよ。福神漬けご飯」

「どうしてそういう組み合わせに?」

「名取一佐がそうしろって」

「……あの野郎」


 太陽が西に傾いてきた。山あいの集落は、日没が早い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る