第8話
災害というものは大きくふたつに分けられる。空からやってくるものと、地中からやってくるものだ。俺たちが相手にしている災害は、後者に分類される。
地球の内部がどうなっているのか、俺には見当もつかないし、あまり興味もない。ただ、地表に出ているものしか、俺たちは見ることができない。地中のものは推測や想像することしかできないわけだ。だから俺は目の前で起きていることを信じている。
この災害は、小さくは二十年周期で起きることがわかっている。そして二百年周期で大規模なものが発生する。さらには千二百年周期で極端な活動期がやってくる。
前回の極端な活動期は、貞観だ。時代でいうなら平安時代。西暦でいうなら9世紀後半。この貞観期に地中から噴き出したものは枚挙に遑がない。まず富士山が大噴火を起こし、流れ出した溶岩が森林をことごとく焼き払ったあげく、北岸の湖をほとんど埋めてしまった。播磨国地震で近畿地方がダメージを受けた翌年、三陸沖で尋常でない規模の海溝型地震が起こり、東北の太平洋岸が津波に襲われ、壊滅的な打撃を受けている。さらに鳥海山、開聞岳の噴火が続く。京都では地中から這い出した魑魅魍魎が列をなして練り歩き、遭遇した人間を次々に喰らっていった。今昔物語集には、鬼や妖怪として記述されているが、そいつらは紫紺の繊維の塊だ。
「つまり、神社で待ち伏せしてた、あれってこと?」
「そういうことだ」
だいぶ稜線がはっきりしてきた。夜明けが近づいている。
「あれが、地中から出てきたの?」
「あのまま這い上がってくるわけじゃない。溶岩が吹き出すみたいに、黒い粉末が地中から湧いてくるんだ。そいつが手当たり次第に人間を飲み込んでしまう。そして間接的にヤツらが生み出される」
瑠華は後部座席で寝息を立てている。彼女には、いまのうちに睡眠を取っておいてもらったほうがいいのだ。
「千二百年周期の活動期……」
助手席のヒロトは指を折って数えている。
「え? ひょっとして、貞観から千二百年って……」
「そうだよ。今だ」
ヒロトの視線が俺を射抜く。この少年は頭がいい。
「君はまだ幼かったろうが、日本列島は2011年から、その極端な活動期に入った。地震に噴火。貞観の頃と同じってことは、つまりそれだけじゃない」
「地中からなにかが這い出してきている」
「そういうことだ。実を言うと頻発している。この集落で起きていることは、別の場所でもう何回も起きたし、これからはもっと増える。表向きにはなにも報道されないがね」
ヒロトは短パンから伸びる膝のあたりを、両手でさすっている。
「家。大丈夫かな」
「家族は何人だ?」
「姉ちゃんと、親父と、母さんが家にいる」
「……そうか」
俺は本当のことを言いそうになり、やめた。
「無事を確かめに行こう」
過去、この災害に見舞われた住民が無事だった試しがない。それはつまり、黒い粉末によって人の姿を失うか、SDIRに人の姿のまま射殺され、焼却されるかのどちらかだからだ。
「行けるの?」
「陽が昇れば、ヤツらは活動しない」
ちょうど、稜線から太陽が顔を出したところだった。
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