第7話

 未舗装の道に入り、使われなくなったビニールハウスの脇に車を隠した。頭上まで木の葉が覆うような深い森が背後に迫っている。U字型の小さな水路が足元を流れていて、そこにコンクリートの蓋が被せてある。俺はそれを通路として使い、田畑の間を縫うようにして中心地に出た。瑠華とヒロトは車に残してある。つまり偵察だ。

 巻いたノインシュヴァンツ・パイチェを右手で握り、身を低くして移動する。ヤツらとヤツら、どちらとも遭遇したくはない。


 村営の給油所だったのだろうか。ブロック塀に囲まれたL字型の区画に、燃油タンクが設置してある。錆がひどく、使われていないのは一目瞭然だ。俺はそのタンクの隙間に身を潜ませて、ブロック塀から顔を出した。

 そこはもう村役場跡地だ。73式トラックが二台しかない。残りは封鎖に出ているのだろう。

「予定より少し遅れたか」

 聞き覚えのある声がする。

「ヘリで先着した部隊からは、検問と接触した対象者はいないとのことです」

「そうか。なら騒ぎはこれからか」

「はっ。深夜だったことが幸いしました」

 あの眼鏡ヅラは名取二佐だ。相変わらずいけ好かない。上官のゴリラ群長の姿は見えないが、あっちのほうがまだ人間味がある。

「あいつらは侵入してないだろうな」

「巽一派ですか」

「一派か。まぁ、ふたりだがな。巽天外たつみてんがい神流瑠華かんなるか

「少なくとも先着部隊から目撃報告はありません」

 名取二佐が頷くと、隊員は敬礼して去っていった。

 こいつらは陸上自衛隊に所属する特殊部隊のひとつだ。大層にも特殊奇禍即応群などという名前がついている。Special Disaster Immediate Rescue teamの頭文字をとって、SDIRと自称している。特に笑えないのは、Rescueという言葉を選んでいることだ。

 ヤツらは俺たちに仕事を邪魔されていると思っている。もちろん、こちらもそう思っているわけだが。要するに相性が悪いのだ。


 一台の軽自動車が県道をやってきた。道幅を考えればスピードを出しすぎている。すぐさま隊員たちが停車させ、照明を浴びせる。運転手は手のひらで眩しすぎるライトを遮りながら、ドアウィンドウを開いた。

「どうされましたか?」

 隊員が、拍子抜けするほどの優しい声で尋ねる。

「救急へ運ぶんです。息子の様子が……あの、おかしくて!」

 日に焼けた肌の、白髪混じりのその女性は、縋りつきたいのを我慢しているという体だった。運転席の後ろになにかが見える。元は人間の手だろうか。遠目にも、すでに変わってしまったことが見てとれた。

 後部座席を一瞬だけ覗き込んだ隊員は、すぐさま距離を取って同僚たちへ合図を送る。

黒い粉末ブラックトナーの影響対象一体。影響可能性対象一体。計二体です」

 一同はヘルメットから特殊奇禍用シールドを降ろし、20式自動小銃を構えた。

 通常弾が一発。フロントガラスを貫いて、女性の眉間に着弾した。

 続いて、白銀弾が十五発。後部ドアを串刺しにしつつ、中身に命中した。たちまち車内に黒い粉末が満ちる。弾痕から漏れ出るそれに触れないよう、隊員たちは距離を取った。直後に消化剤のような白い泡が撒かれ、一連の作業は終わった。

「お次は徒歩だぞ」

 誰かが言う。

 見れば、川沿いの県道を走ってくる人の姿がある。今にも転びそうなほど前のめりだ。その後ろから二人。さらにそれを追っているのは……。

「影響可能性対象三体接近中。その後背に影響対象一体を確認」

 SDIRの隊員たちは、再びシールドを下ろし、銃を構えた。


 気がつけば、東の山あいからも、西の川沿いからも、銃声が聞こえている。

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