第4話

 旧村道を選択したのは正解だった。

 自衛隊の車列を抜き去った俺たちは、そのまま幹線道路を離れ、北回りに旧村道から集落へ入ることができた。東西に横切る県道のほうは、すでに簡易検問が設けられているだろう。CH-47に乗っていた先行部隊が主要道を抑えているはずだからだ。


「間に合った感じだよね」

 瑠華が視線を走らせながら言う。

「ああ。検問があるとしたら峠のてっぺんだったろうからな。県道を優先して、こっちは後回しにしたんだろう。単に人員が足りないのかもしれない」

「よかった」

「油断はするな。ヤツらと鉢合わせするかもしれない」

「ヤツらって、どっちの?」

 俺はちらりと瑠華の横顔を見る。涼しげだった。

「どっちもだ」

 畝るように続く峠道を下っていく。ライトが杉の縦割れた幹を照らす。禁猟区を示すダイヤ型の看板がほとんど朽ちて、誰に向かって主張しているのかわからなくなっていた。汚れがこびりつき、白いとは形容し難いガードレールが、かろうじてカーブの半径を教えてくれる。


 傾斜が次第にゆるやかになってきた。

「もうすぐ集落の中心地だな」

「なんにもないね」

「なんにもないルートを選んだからな」

 そのカーブを曲がり終えたところだった。ほんのわずかの直線に、街灯が一本だけ立っている。その理由はすぐわかった。神社の入り口なのだ。左手の山側に細い石段があって、それを少し登ったところに石造りの鳥居が見える。

 しかし、俺がブレーキを踏んだ理由は、それではなかった。

 最初は道路標識かと思った。形状が似ていたのだ。だが、そんなものが道路の中央に建っているわけがない。それに縮尺がおかしい。支柱部分の太さに対して、丸い標識部分が大きすぎるのだ。異常といっていい。

 気がついた時には、瑠華がドアを開けていた。

「とりあえず、行ってくる」

 ドアを開けっ放しにして、瑠華は歩いて行った。

「……ああ」

 俺の間抜けな返事が彼女に届いたかはわからない。瑠華の後ろ姿がヘッドライトの中へ入ると、ロングカーディガンが白く輝いて見える。その向こうで、縮尺のおかしい道路標識が揺らいでいる。ライトを浴びているというのに、まるで影のような紫紺色をしていた。

「こんばんわ〜」

 瑠華の声は、ご近所の飼い犬に話しかけているかのように優しくて慎重だ。

「おひとり?」

 紫紺の道路標識は答えない。

「そう。でもいい夜だね」

 答えずに、ゆっくりと揺れている。

「気持ちはわかるよ」

 ゆっくりと揺れている。

「怖かったんだよね」

 揺れが止まる。

「でもね。もう大丈夫」

 止まっている。

「還ろう」

 道路標識はその支柱をゆっくりとひねった。つまり、振り返ったのだ。

「……大丈夫だからね」

 見えたのは穴だ。頭部全体が穴だった。紫紺よりも濃く、重い、漆黒の穴だ。ヘッドライトでも照らせない、それは絶望的な暗さだった。

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