第43話

「ち、違う。あなたは掛橋くんじゃない」


 咄嗟に否定をしたけど、そう断言出来るだけの根拠はない。

 本当に血が消えたんだとしたら、それは転生魔法が解除されたということ。

 だったら目の前にいるのは……。


「今まで僕が話したことは全て、転生者の僕と桃乃さんが得た情報に過ぎない。ここからは僕自身の言葉で話をしよう」


 解いた髪が風でなびく。

 視界の邪魔にならないよう、耳にかけてから目を合わせる。

 私が最終的に取る行動は変わらない。

 だけど……目の前の人物が掛橋くんなら目的は変わってくる。


「今田さんに魔法紙を奪われた時、僕には理由が分からなかった。魔法紙を盗んだのは遠矢くんで、その目的は桃乃さんだと思っていたから。僕は生徒会長として周囲に目を向けていたから、遠矢くんの動機に気付くことが出来た。でも、同時に自分がその輪の中の一人であることの自覚がなかったんだと思う。だから僕を襲った今田さんの動機が分からなかった。ここに来るまでずっと考えていたんだ。僕は今田さんからどういう人間に見えていたのか」

「待って」


 言いたくても言えなかった気持ち。

 いや、違う──一人でずっと大切に温めていた気持ち。

 なのに、本人の口から聞くなんて嫌。


「本当に掛橋くんなの?」


 掛橋くんはゆっくりと頷く。

 最初は、私の口で、私の声で紡ぎたい。

 手を伸ばせば届く距離まで歩み寄る。


「好き」


 黙ったまま掛橋くんは視線を私から逸らそうとしない。


「ずっと前から、私は掛橋くんのことが好きだったんだよ」

「だから生徒会の副会長である桃乃さんを疎ましく思ったのか」

「勇気を出して告白したのに返事はないの?」

「僕なりの返事をしたつもりだよ」

「ふふ。まあいいよ、気持ちを伝えられなかったことだけが唯一の後悔だったから」

「その僕への気持ちが、今回の事件を画策した今田さんの動機だったんだろ」

「うん。全部、掛橋くんを想っての行動だったんだよ。南川先生から鍵を奪って遠矢くんの手助けをしたのも、掛橋くんを魔法紙に閉じ込めたのも全部そう。掛橋くんを私のものにするため」

「さっきまでは否定していたのに、自分がやったって認めるんだね」

「そうだね。だって、もう終わりだから」

「終わり?」

「掛橋くんが悪いんだよ。私の誕生日に、桃乃に花をプレゼントしようとするんだもん。私の心の大半は掛橋くんが占めているのに、掛橋くんの心の中には桃乃がいた。だから、私はこうするしかなかったの」


 私は右手にあったペティナイフを握り直し、


「痛いけど我慢してね」


 掛橋くんの胸の辺りを目掛けて腕を伸ばす。


「マギフェス」


 刃先が突き刺さる前に、手元からペティナイフが弾き飛ばされる。


「誰っ!」

「今田愛亜李さん、あなたを魔法政府へ連行します」


 魔法が放たれた屋上の扉付近に目をやると、そこには調査員の新飼が立っていた。

「マギフェス!」


 すぐに新飼に向かって右手をかざし、同じように攻撃魔法を唱える。


「アキュロシ」


 新飼が唱えた相殺魔法で、攻撃魔法を抑え込まれる。

 どうして新飼がここに?

 思考する間もなく、新飼は地を蹴って、一瞬で間合いを詰めてきた。

 再び魔法を唱えようとすると、後ろに回り込まれ、そのまま地面に押さえつけられる。


「は、放して!」

「抵抗はやめた方がいいですよ。無駄ですから」


 新飼はローブの中から、魔法生物を拘束する時に使う、魔法を無効化させる紐を取り出した。

 両腕を紐で縛られ、魔法を封じられる。


「な、何で。何であんたがここにいるの」

「あなたに教える義理はありませんね」


 顔の向きを変えて、掛橋くんへと視線をやる。

 私を見る目の色が全く変わっていない。


 ──そうか。


 私はハメられたんだ。


「今の話を聞いてたんなら分かるでしょ。掛橋くんは転生魔法を使った。禁術魔法を使った罪として、一緒に魔法政府へ連れて行って!」

「それは出来ません。あなたは自分の犯行を認め、そのうえ魔法紙を隠し持っていたという物的証拠がある。確かに彼の話に転生者の話が出たことは気になりますが、そこにある魔法紙に血は付着していませんし、転生魔法が使われた確かな証拠はありません」


 新飼は立ち上がると、掛橋くんの耳元で何かを囁いた。

 その光景に腸が煮えくり返る。


「ねぇ……最初からこうするつもりだったの? 私の気持ちを知っていたのに? どうして? ……ねぇ! 何でこんなことするの! 私は悪くない……悪いのは全部……全部掛橋くんじゃん!」


 吐き出した感情と一緒に、瞳からは涙が溢れてくる。

 怒っているはずなのに、それ以上にとても胸が苦しい。


「……新飼さん、お願いします」

「分かっています。今田さん、行きましょう」

「嫌……嫌! 離れたくない!」


 無理矢理立たされ、新飼に腕を引かれる。

 両手を縛られ、流れ続ける涙を抑えることもできない。

 嗚咽し、声がまともに出せなくなる。


 どうして……私はどこで何を間違えていたの?



           ※※※

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る