第42話

 転生者が今話したことは全て合っている。

 確かに、私は部活動でリュクスの餌を狩り、遠矢へ手渡す前に調合魔法で睡眠薬を混入させた。


「なるほどね──」


 睡眠薬が作用し始める頃を見計らって図書館に行き、リュクスが倒れたタイミングで南川へ攻撃魔法を使った。

 奪った鍵で禁書庫を開けておけば、後はリュクスを迎えにきた遠矢が勝手に行動してくれる。リュクスが睡眠薬で倒れたことを隠すため、錯視魔法で体の表面に傷があるようにも見せた。

 錯視魔法の効力は二十四時間だから私は毎夜、新飼への報告を終えた後、ドラゴンの部屋へ行き、少しずつ傷が治っているように見せるため錯視魔法で調整を続けていた。

 目の前の転生者は多分、そのことにも気付いているんだろう。

 私は称賛の意を込めて、胸の前で手を叩いた。


「面白かったよ。こんな話が思い付くなんて、頭が良くて羨ましいな」

「まるで他人事みたいな反応をするね」

「だって私にはそんなことをした覚えはないから」

「ここまで話しても、シラを切る姿勢は崩さないんだ」

「筋は通っていたと思うけど、話の前提として掛橋くんが転生者だっていうのも信じられないもん。それに、私が掛橋くんから魔法紙を奪ったっていう話も何のことだか分からないんだよね。魔法紙が盗まれた事件について話がしたいっていうから、一通り聞いてみたけど、私が力添え出来ることは何もなさそう」


 今日が終われば、転生者は元の世界に戻ることが出来なくなり、掛橋くんは永遠に私のものになる。

 魔法紙を奪われなければ問題はない。

 だけど、ここまでの情報を持っているなら、リスクを抱えてでも転生者と桃乃は消しておく必要がある。

 頭の中で二人を消す算段を立て始めると、転生者が私を指差した。


「ところで、今田さんが髪を結んでいる姿を初めて見たよ。そのリボンのヘアゴムを付け始めたのは、僕を襲った次の日からみたいだね」


「え」


 思わず声が漏れた。

 すぐに平静を取り戻してから口を開く。


「それがどうかした?」

「先週の月曜日にも身体検査、部屋の捜索が行われた。その時に魔法紙が見つからなかったのは、ヘアゴムのリボンの中に隠されていたからだ」

「……何の話をしているのかな」


 掛橋くんのフリを続ける意図が分からなかった。

 それが今になって不気味に感じられてくる。

 昨日の魔法生物棟での出来事を思い出す。

 私がヘアゴムを外したのはシャワー室に入った時だけ……あれは桃乃に誘導されていたんだ。

 その時にはもう隠し場所がバレていたってこと?

 だけど、昨夜確認した時は魔法紙が入っていたし、掛橋くんの血も付着していた。

 そこから今に至るまでヘアゴムは一度も外していない。


「信じていないようだから、改めて言うよ。僕はこの世界にいた生徒会長の掛橋渉だ。疑うなら、自分でリボンの中の魔法紙を確認してみるといい」


 そう言うと、転生者はローブのポケットからペティナイフを取り出し、私の足元へと滑らせた。

 バレているならもういい。

 今日この場でこいつを消せば済む。

 私は髪からヘアゴムを外し、拾い上げたペティナイフでリボンを裂く。


「────」


 魔法紙からは掛橋くんの血だけが消えていた。

 何で?

 付着していた血を消す方法は一つしかない。


『転生者の血を使い、転生魔法を解除する』


 ……だったら昨日、私が確認した血は?

 同じ大きさの紙に錯視魔法をかければ、血が付着した魔法紙に見せることは出来る。

 でもその場合、二十四時間が経ち、錯視魔法が解除されれば元の通常の紙に戻るはず。

 私の手元にあるのは血だけが消えた魔法紙……。

 魔法効果が付与されている魔法紙自体に、重複して錯視魔法をかけることは出来ない。

 つまり、転生魔法を解除して血が消えた魔法紙に、錯視魔法で血だけが付着しているように見せることも不可能。


「何をしたの」

「転生魔法は発動してから十五日間を経過すると、解除することが出来なくなる。一般的にはそう言われているけど、この情報は間違っている」

「は?」

「転生魔法は発動して十五日目に解除される。これが正しい魔法効果だ。だから僕は今朝、この世界に戻ることが出来た」


 でたらめだ。

 教科書、関連書、全てに目を通したけど、そんな記述はどこにも載っていなかった。


「……そんな作り話を私が信じるとでも思った?」

「信じる、信じないの話じゃないんだよ。今田さんは転生魔法を使ったこともなければ、僕を除いて使った人を見たわけでもない。今ここに僕自身がいること、それが全てだ」

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