第41話
昼休みでも、寮内にはちらほらと生徒の行き交う姿が見えた。
自分で昼食を作る生徒や、仮眠を取るために部屋に戻る生徒もいるから、別におかしなことじゃない。
疑問なのは、どうして転生者が私を寮の屋上へ連れてきたのかということ。
それと──
「今日はどうして髪を整えているの?」
屋上に二人しかいないことを確認してから、私はふと思いついたかのように質問を投げかける。
左に向かって綺麗に流れた前髪。それに落ち着いた丁寧な話し方。
──掛橋くんのような立ち振る舞いをする転生者と向かい合う。
「今日に限らず、それは僕が毎朝行う習慣だから」
「記憶喪失になってからは、いつも寝癖が残ってたよ?」
「それは転生者の僕のことかな。目の前にいる僕は、五月十四日の日曜日、今田さんに魔法紙を奪われた日から戻って来たんだ」
一拍の間を置いてから、私は上目遣いで口を開く。
「もう少し笑顔の方が良いと思うよ」
「笑顔?」
「うん。そんなに怖い顔してたら、どんな面白い冗談でも全然笑えなくなっちゃうから」
「僕が今話したのは全て真実だけど」
「もしかして記憶が戻ったの? それで私をからかってるのかな」
「記憶喪失というのは転生者の僕が作った設定、それは今田さんも知っているはずだ」
「ごめんね、掛橋くん。本当に何を言っているのか分からないんだけど」
笑顔を保ったまま、私はヘアゴムのリボンに触れた。
血の付着している魔法紙はここにある。
目の前の掛橋渉は間違いなく転生者で、掛橋くんのフリをする意味が分からない。
そもそも、どうして私を疑っているんだろう。
私が犯したミスは一つだけ。それも些細なもの。
水曜日の夜、魔法生物棟からの帰り道に、転生者と桃乃に鉢合わせたことがあった。
咄嗟に口にした安易な嘘もあり、私は自分から疑いの目を逸らすために、新飼との関係を打ち明けた。
この関係は嘘じゃない。偵察役は私から新飼に名乗り出たものだけど、それがバレたからといって私を犯人だと断定する理由にはならない。
「僕が全てを知ったのは今朝。桃乃さんが部屋に来て、この二週間に起きたこと、そして得た情報を教えてくれた」
「まだお昼ご飯食べてないんだ。この話を続けるなら、私は先に教室に戻るね」
「ここを離れたら、リュクスの傷は今田さんの錯視魔法によって作られたものだと学校に報告する」
転生者に背中を向け、屋上の扉へと向かおうとしていた私は足を止めた。
なんだ、桃乃と一緒にやっていた調査は一応意味があったんだ。
ゆっくりと振り返り、私は両手を後ろで組む。
「面白そうだから、やっぱり聞いてみようかな」
話次第では、このまま放っておくわけにはいかない。
私は右手の薬指にはめているエルファリングを奥まで押し込んだ。
「僕の転生者には魔法が使えなかったし、エルファを見ることも出来なかった。だから、リュクスを見て傷がないことに気付くことが出来た」
掛橋くんのフリをしながら転生者は淡々と続ける。
「攻撃魔法を受けていないなら、リュクスが禁書庫の前で倒れたのは何故か。それは事件当日の夜に食べた餌の中に睡眠薬が含まれていたからだ。分かるよ、僕でも南川先生とリュクスを同時に相手しようなんて思わないからね」
「よく分からないんだけど、その話が本当なら遠矢くんが一番怪しいと思うよ。だって、餌をあげているのは遠矢くんなんだし」
「睡眠薬を手に入れる方法は一つ。覚醒魔法の副反応を抑えるために、医務室で薬を受け取る申請をすることだ。申請者は猿渡先生が持っているリストで確認することが出来た。そこに載っていた生徒の数は十数名。その中に遠矢くんの名前はなかった」
「へぇ、そうなんだ」
ここまで分かっているなら、遠矢が魔法紙を掛橋くんに取り返されたことも知っているはず。遠矢が退学を決めたのは、この転生者との間に何かが起きたからかもしれない。
「睡眠薬を手に入れても、餌は施錠された物置小屋で管理されているから、混ぜることが出来る生徒は限られてくる。飼育員の遠矢くんを除けば、それが可能なのはドラゴンの餌である猛禽類を狩ってくる飛行乗馬部の生徒。そして申請者のリストの中にいた飛行乗馬部の生徒は一人だけ──それが今田さんだったんだ」
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