第40話

 五月二十九日、月曜日。


「愛亜李〜! 一緒に学校行こ!」


 寮を出て歩いていると、後ろから実栞が声をかけてきた。

 服やメイクの趣味が合い、自然と仲良くなった友達の一人だ。


「おはよ、実栞! 行こ行こ〜」

「ふぁ〜、土日は何してたの?」


 大きな欠伸をする実栞に、私は微笑みを向けながら話す。


「えーっと、ご飯食べて、宿題して、寝て、起きて、ご飯食べて……って特に何もしてないね」

「いやいや、いいじゃん。私は、土日ずっと森の中を歩き回ってたんだから。麗香先生が薬の調合に必要な魔草花を探して欲しいってことでさ。今もめっちゃ眠いし」


 実栞からはいつも通りの柑橘系の香水が香り、髪もしっかり整えられている。

 寝不足でも、お洒落に手を抜かないあたりは私と同じだ。


「だからって、全校集会で寝ちゃ駄目だからね?」

「出たー。学級委員長キャラ」

「キャラじゃなくて本当に学級委員長だもん」

「桃乃さんもそうだけどさ、可愛くて勉強も出来て親しみやすいと男子からモテるよね。私も勉強頑張らないとなー」

「実栞はそのままで十分だよ」


 桃乃が誉められることに対しては何も思わないけど、私と同じジャンルに分けられたことは不愉快だ。桃乃は私みたいに一人の人を想い続けたりなんて出来ない。ただの八方美人なんだから。


「そういえば、私があげた種はどうなった? もう鉢に入れた?」

「あ、忘れてた! 今日、部屋に戻ったらやろうかな」

「ふーん、まぁ頑張ってね〜」


 私の誕生日は五月二十日、日曜日。

 桃乃と同じ誕生日と知ってからは嫌いになった日。

 誕生日プレゼントとして、私は実栞に「愛欲」という魔法効果を持つ魔草花の種を五月初めにお願いしていた。

 理由は聞いてこなかったけど、女の子同士だし、察してくれたんだと思う。

 私達はそのまま他愛もない雑談を交えながら、学校へと向かった。

 その中で遠矢が自主退学するという話も聞いたけど、何の感情も抱かなかった。

 遠矢は、転生者のことを記憶喪失の掛橋くんだと思っていたから、自分が魔法紙を盗んだ犯人だとバレることを恐れたんだろう。

 私と遠矢に直接的な繋がりはないし、心配することは何もない。




 午前中の全校集会、自習時間を終え、昼休みに入る。

 転生者の掛橋渉は学校を休んだ。

 担任の先生から体調不良と聞かされたけど、嘘だとは思わなかった。

 転生魔法が発動して、今日で十五日目。

 魔法紙を取り返すことを諦めて、部屋で一人塞ぎ込んでいるのかもしれない。

 転生者と一緒に事件の調査をしていた桃乃は何事もなかったかのように友達と食堂へと向かって行った。

 二人がどういった経緯で事件の調査を始めたのかは考えたら分かる。

 お人好しの桃乃のことだ。

 掛橋くんと転生者がそれぞれ元の世界に戻れるように協力関係を持ち出したんだろう。

 だけど、結局は何も出来ずに諦めた。

 今日一日、桃乃の様子を見ていたけど、気に病んでいる様子は感じられなかったし、所詮は他人事だったんだと思う。

 私が妬んだ彼女は、大した人間ではなかったのかもしれない。

 周囲に向けられていたあの笑顔は無垢を装うための仮面だったんだ。

 私も昼食を取ろうと、家から持ってきたスコーンをバッグの中から取り出した。

 仲の良い友達も各々のご飯を持って私の周りに集まってくる。

 テーブルを繋げて、皆で食べ始めようとしたタイミングで、教室前方の扉が開いた。


「今田さんはいる?」


 扉を開いたのは掛橋くん……いや、転生者だった。

 教室にいた全員が振り返るほどの声量で、私の名前を呼び、体調不良と聞かされていたクラスメイトは不思議そうな顔を見せた。

 周りの友達は私へと視線を向ける。

 面倒だけど、無視出来る状況じゃない。


「え、学校に来て大丈夫なの? 体調は?」

「もう平気だ」

「そっか、なら良かった! 私に何か用事?」

「魔法紙が盗まれた事件について、今田さんと話したいことがあるんだ」


 クラスに一瞬だけ沈黙が流れる。

 それを察して、私はすぐに返事をした。


「あ、この前話していたことね! うん、私に協力出来ることなら」


 明朗快活に話し、重要なことではないと暗に主張する。

 こいつは一体何がしたいの。

 魔法紙について調べていることは周囲に隠していたはず。 

 意図がよく分からないし、どこか様子もおかしい。


「ありがとう、それじゃ僕について来て欲しい」

「いいよ、ちょっと待ってね」


 椅子にかけていたローブを羽織り、私は教室を出た。

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