第36話
岩陰から飛び出すと、俺を目がけて放たれた直線状の攻撃に動きを制される。
遠矢は俺と桃乃に注意を向けたまま話し出す。
「僕が桃乃さんに好かれていないことは、とっくに分かっていたさ。だから考えたんだよ。だったら、僕のことを好きになる別の桃乃さんを新しく作ればいいって……」
桃乃を抑える左手を震わせながら、遠矢はぎりぎりと歯を食いしばる。
「だけど……結局僕は最後まで勇気が出なかった! 直接告白することも出来なかったやつが、禁術魔法を使う勇気なんて持てるわけがないんだ。自分が情けなくて……情けなくて……本当に辛かった」
桃乃は肩で息をしながら、怯えた目で遠矢を見つめている。一刻も早く桃乃を助けに行きたいが、策もなしに飛び出せば、先程と同じように攻撃魔法を受けてしまうだろう。
ここから遠矢までの距離は約十メートル。
遠矢の注意を上手く逸らすことが出来れば近付けそうだ。
「その上、魔法紙を盗んだこともバレてしまったし、何もかもが終わりさ。だからね……最後の最後に勇気を出して行動してみたんだ」
遠矢は興奮した様子で、桃乃の肩を両手で力強く押さえつけた。
口を解放され、桃乃は大きく息を吸う。
「……僕のことを好きになってくれたら、解放してあげるよ」
桃乃はこちらへ視線をやり、体を屈めていた俺と目が合うと、首を左右に振った。
こっちに来てはいけない、というサインだろう。
「嫌なの? どうして? ちゃんと気持ちを伝えてくれるんじゃないの? この状況が分かっていないのかな。早く、桃乃さんの気持ちを教えてよ!」
遠矢は優位に立っているように振る舞いながらも、余裕がないのか早口でまくしたてる。
俺は静かにローブだけを脱ぎ、右手にはめたエルファリングを見つめながら、魔法を唱えるイメージを整える。
「こんなことをしても……私の気持ちは変わらない」
「そうじゃないだろ! 僕が求めているのはそんな言葉じゃない!」
俺は手に抱えていたローブを茂みから投げ入れた。
物音に反応した遠矢がすぐにこちらを振り返り、ローブに向かって攻撃魔法を放つ。
「今からなんだよ! 邪魔をするなっ!」
遠矢はローブがフェイクだとすぐに気付き、走ってくる俺に照準を合わそうと右手を動かす。
だが、すでに俺は遠矢に向かって自分の右手を突き出していた。
覚醒魔法の授業を受けた時一つ考えていたことがあった──
体内にエルファを含むのであれば、俺もそのエルファを使って魔法が使えるのではないか、と。
俺は最初で最後になるであろう魔法の「詠唱」を行う。
「風塵魔法『アネモスファ』」
右手からは想像以上の風が巻き起こり、森の中に吹き荒れていた雨風の速度を助長することで、遠矢の視界と体の自由を一瞬だけ奪った。
俺はその場を吹き抜ける風を利用して距離を縮め、踏み込んだ左足に体重を乗せる。
そして、遠矢の頬に、強く握りしめた右の拳を叩き込んだ。
柱の左後方へと倒れた遠矢は低くて鈍い声を出す。
「掛橋くん……?」
桃乃は目の前で起きたことを呑み込めないのか、呆然とした様子で口を開いた。
俺は桃乃を拘束する紐を解いてから、倒れている遠矢に向き直る。
「俺はお前に対して何の感情もないが、お前の考えていたことなら分かる」
「……なんだと」
「お前は勇気が出なかったんじゃない。桃乃に対する自分の気持ちばかりを優先して、相手を知ろうとすることを自ら放棄していたんだ」
「違う! 僕以上に桃乃さんのことが好きな奴はいない。お前に僕の何が分かる!」
魔法を使った代償か、それとも覚醒魔法の副作用なのか、体が徐々に重たくなっていくのを感じる。
「だったら……どうしてお前は転生魔法を使おうと思ったんだ。ここにいる桃乃の代わりなんて、どこにも……別世界にも存在するわけがないだろ。お前が見ていたのは桃乃じゃない、自分の中で作り上げた存在しない人物なんだよ」
遠矢はよろめきながら立ち上がる。
「ぼ、僕は──」
「人の気持ちを考えられない人間に、自分の気持ちを語る資格はない」
「……」
怒りと悔しさを滲ませたような表情で、遠矢は一歩後退りする。
遠矢に詰め寄ろうと体を動かすが、全身の倦怠感だけではなく、視界までもが歪み出し、足がもつれたところを桃乃に支えられる。
桃乃は俺から引き継ぐようにして口を開いた。
「南川先生やリュクス……本人達だけじゃなくて、周りの人も皆が辛い思いをしている。周りの人達の気持ちをもっと考えて欲しかった。遠矢くんは飼育委員だよね……? リュクスを傷付けて何も思わなかったの?」
「……もういい」
遠矢は背を向けて、その場から立ち去ろうとする。
「遠矢くん!」
「桃乃さんだって僕のことを何も分かっていない。この二週間、僕がどれだけリュクスの身を心配したか……。僕の一番の友達なんだぞ。リュクスが悲しむようなことを僕がするわけないだろ。あの魔法紙は……リュクスが僕のために取ってくれたんだよ」
振り返ることなく、そう言い残すと、遠矢は森の奥へと歩き出す。
「ま、待って! だったら、魔法紙は……」
桃乃の声が遠くなっていくのを感じながら、俺は意識を失った。
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