第35話
第五章
雨脚が強まる中、全力で駆けている自分の心臓からは異様な速度で脈を打つ音が聞こえてくる。
吹き付ける雨風でフードは外れ、濡れた全身は体温を失うどころか、地面を踏み込む力に比例するように熱を帯びていく。
風野宮にかけてもらった覚醒魔法『イプニシア』が効果を発揮している証だ。空気中に含まれているエルファを体内に取り込んだことにより、一時的に体力が向上している。
クスノキを通り過ぎ、森の中へと進む。
闇雲に探しても遠矢達は見つからない。
俺の視点ではなく、遠矢の視点に立って考えてみる。
視界が悪いこの状況で、木々が密集した森に上空から降り立つのはかなりの危険が伴う。
俺が遠矢なら無意識に開けた場所へと向かうだろう。
該当するのは、魔法生物学の授業でグループ分けが行われる時の集合場所だ。
激しくなる動悸を顧みず、俺は視線の先に見える銀灰色の柱を目指す。
ぬかるみに取られる足を一歩ずつ前へ前へと突き出し、俺は木々の中を抜け出した。
「桃乃!」
見ると桃乃は、魔法生物を繋ぐ紐で柱に拘束されていた。
複数の紐で手足と胴体が固定されており、立ったまま身動きが出来そうにない。
紐を解こうと、すぐさま駆け寄る。
「掛橋くん、離れてっ!」
振り絞るように声を出した桃乃の後ろから、直線状に伸びてきた白い光が、俺の右肩を掠めた。光が触れたローブの箇所は薄く裂けて、じんわりと痛みが体に広がっていく。
出血はしているが、動けなくなるほどの怪我ではない。
「……やっぱりお前の仕業だったんだな、遠矢」
柱の脇から出てきた遠矢はこちらに右手を向け、指を『貫通』の形態にし、マギフェスを唱えていた。
「来るなぁぁぁぁぁっ!」
遠矢は取り乱しながら、手のひらを突き出し『連弾』の形態でマギフェスを唱える。
白い球状の光が連続で放たれ、俺は咄嗟に茂みに入った。
木が障害物となり間一髪のところで攻撃を凌ぐ。
覚醒魔法で体内にエルファが流れていることにより、攻撃を視認することが出来た。
俺は近くにあった岩陰に隠れてから声を出す。
「桃乃、怪我はないか?」
「私は大丈夫だから掛橋くんは戻って……! お願いっ!」
懸命に声を張る桃乃に、遠矢は一目もくれず、ずぶ濡れになった自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
俺がいる方向を睨み、再び右手をかざした。
「お前はまた僕の邪魔を……。記憶喪失っていうのは最初から嘘だったんだろ? いい加減、本当のことを話せよ!」
「……何を言ってるんだ? 俺が記憶喪失のフリをしていることはお前が一番に気付いてたはずだろ」
遠矢は再び攻撃魔法を唱え、俺の壁となっている岩の一部を砕く。
「なぁ、僕をからかうのは、そんなに楽しかったか?」
妙に会話が噛み合っていない。
いや……会話以前に、遠矢には俺という人間が見えていない、そんな感覚を覚える。
「聞こえてるんだろ! 何か言えよ」
遠矢は俺が隠れている岩陰へと一歩踏み出す。
「掛橋くんは何も悪くない! 私とちゃんと話をしようよ」
「……話?」
桃乃の声に反応し、遠矢は足を止めた。
雨に打たれながらも、桃乃は遠矢から目を逸らさずに続ける。
「どうして、さっきから無視するの? 私はもう逃げないよ。遠矢くんの気持ちに向き合うって決めたから」
「……逃げないんじゃない。逃げられないんだ。僕が桃乃さんをここへ連れてきた。桃乃さんがどうなるかは、僕の一存で決まる」
違う。
俺が来た時から、桃乃は紐を解こうとする素振りを一度も見せていない。
桃乃は自分の意志で、遠矢に従い、対話を試みようとしているんだ。
「ちゃんと返事が出来てなかったよね。遠矢くんは勇気を出して気持ちを伝えてくれたけど、私は遠矢くんを傷付けないように、上辺だけの言葉でしか気持ちを伝えられていなかった。だから、ここで──」
「どうでもいいんだよ」
遠矢は左手で桃乃の口を塞ぐ。
「やめろっ──」
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