第34話

 雨の降り続ける中、遠矢をしばらく待ち続けたが、戻ってくることはなかった。

 俺が指定した食堂へ行ってみても、遠矢の姿はない。

 すでに嘘には気付いているはず。入れ違いで魔法生物棟に戻ったのだろうか。

 魔法生物棟に戻る前に、一度桃乃の部屋へ行こう。

 戻りが遅ければ、余計な心配をさせてしまうかもしれない。

 俺は寮に向かって歩き出しながら、考えを整理する。

 この世界の俺が魔法紙を取り返した場所はドラゴンの部屋で間違いない。転生者である俺が、前回の魔法紙の隠し場所を知る由もないことは遠矢も分かっていたはずだ。

 隠し場所を変える意味はあったのだろうか。

 自分が管理出来る場所、かつ誰にも見つからないような場所がここ以外にあるとは思えない。前回同様、この場所に隠すのが得策だ。

 遠矢は……一体何を恐れていたんだ?

 しばらくの間、頭の中で遠矢との今までの会話を反芻している内に、俺は寮に着いた。

 入り口から、西棟に進んで、二階に上がる。

 部屋番号を確認しながら歩き、俺は桃乃の部屋の扉をノックした。

 返事はない。まだ戻っていないのだろうか。

 先程より、強めに数回ノックするが何も返ってこない。

 取手に手をかけてから手前に引くと、扉がゆっくりと開いた。

 玄関には、桃乃のものと思われるローファーが転がっている。

 俺は急いで部屋の中に入り、リビングを確認した。


「何だよ、これ──」


 全身に悪寒が走る。

 部屋の中に激しく争った形跡はないが、部屋の中央にあるテーブルだけが昨日の位置から大きくズレている。

 上に置かれていたグラスは倒れ、そこから溢れた水が床に滴っており、時間はあまり経っていない。

 ローファーはあった。桃乃は一度部屋に戻ったんだ。

 考えなくても分かる──これは遠矢の仕業だ。

 だが、何でこのタイミングで遠矢が桃乃を……。

 俺の付いた嘘が原因か? 

 遠矢を疑っていることが、そもそもバレていたのか? 

 自分の腿を思い切り、拳で叩きつける。


「違う! 今、俺が考えるべきることは原因じゃない。桃乃の居場所だ」


 幸い血の痕はない。

 考えるんだ。

 鍵がかかっていないということは、鍵が最初から開いていた、若しくは俺と間違って桃乃が扉を開けてしまった可能性がある。

 遠矢は部屋に入り、桃乃を無理矢理この部屋から連れ出した。

 俺は今一度、自分が歩いて来た、この部屋までの道のりを思い出す。

 これだけの部屋に面している廊下を誰にも気付かれないまま、人一人を連れ去るということが可能なのか……?

 放課後のこの時間帯、俺もここへ来る途中何人かの女子生徒とすれ違った。

 一階ならまだしも、ここは二階だ。階段を使わなければ外には行けない。


「……二階」


 寮の各部屋には一つだけ窓があり、俺は急いでその床の辺りを確認した。

 すると、不自然なほどその辺りだけ床が濡れていることに気付く。

 今日は朝から雨が降っていた。そんな日にわざわざ窓を開ける人間はいない。


 遠矢は玄関から入り、この窓から「箒」を使って出て行った。


 雨の日は屋外で部活動は行われない。

 桃乃を窓から連れ出したのなら、遠矢が向かった場所は人目のつかない屋外ということになる。

 考えられる場所は二つ。

 一つはこの寮の屋上、俺が転生してきた場所だ。

 屋上なら、考えを巡らすより行って確かめる方が早い。

 俺は部屋を出て、階段を駆け上がっていく。

 西棟と東棟は廊下が繋がっており、屋上は共通スペースとなっている。

 校舎にも屋上はあるが、そこには箒術学などの屋外授業で使う備品が入った倉庫が置かれており、教員が出入りすることもあるため、遠矢が向かった可能性は低い。

 屋上に着き、扉を思い切り開ける。

 だが、遠矢と桃乃の姿はない。

 屋上であれば、誰かがすぐに助けに来ることが出来る。

 やはり、この寮から離れた場所に遠矢は向かったようだ。

 俺はすぐに引き返して、寮の一階へと降りた。

 外に出ようと、フードを被ったところで声をかけられる。


「おう、掛橋。こんな雨の中、どこ行くんだ?」


 売店の小袋を持った風野宮がおどけた様子で近付いてきた。


「悪い、急いでるんだ」

「何かあったのか? 俺に出来ることなら、何でもするぞ」

「いや、風野宮には──」


 関係ない、と言いいそうになり口をつぐむ。

 俺はフードを下ろして、ありがとう、と言った。


「風野宮、あの時の借りをここで使わせてくれないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る