第31話

 水曜日の夜、校長への生徒会活動報告から桃乃が部屋に戻った頃を見計らって、俺は部屋の扉をノックした。俺から桃乃の部屋を訪ねるのは初めてだ。放課後、俺は図書館に一人で向かったため、今日はまだ桃乃と事件について話せていない。

 桃乃は扉を開けると、少しだけ驚いた表情を見せ、急を要することだと思ったのか、俺が用件を伝える前に部屋の中に招き入れてくれた。


「何かあったの? 放課後、部屋にいなかったから心配したよ」

「悪い。図書委員の生徒に少し話を聞いていたんだ」

「そうだったんだ。それなら良かった。とりあえず座って」


 俺は適当な場所に座り、桃乃はキッチンからお茶が入ったグラスを二つ持ってくる。


「冷たいのだけどいい?」

「むしろ、ありがたい。ありがとう」


 俺はグラスを受け取り、そのまま一気に飲み干した。


「喉乾いてたの? もう一杯飲む?」

「いや、大丈夫」


 微笑む桃乃に、俺は座るよう促す。


「事件について分かったことがあって、それを今日中に伝えておきたかったんだ」

「そっか、今日はまだ何も話せてなかったもんね」


 俺はテーブルの上に、用意しておいた一枚の紙を置いた。



【図書館】

    9時:開館

    9時45分:琴羽絵梨香に転生魔法の関連書を返却


【魔法生物棟】

    10時:清掃に参加

    12時:清掃終了


【早稲田彩の部屋】

    12時半:魔法紙を取り返したことを早稲田彩に報告

        その場で魔法紙も確認


【掛橋渉の部屋】

    13時:木ノ内実栞からガーベラを受け取る

    14時:犯人に襲われ、転生魔法が発動



「これは五月十四日の日曜日、この世界の俺が襲われるまでに取っていた行動をまとめたものだ」

「ちょ、ちょっと待って。私の知らないものがいくつかあるけど……。この、会長が魔法紙を取り返していたっていうのは本当?」

「ああ、前生徒会長である早稲田に確認した」

「それなら早稲田さんは犯人を知ってたの?」

「いや、それは知らないようだった」


 桃乃が驚き、焦るのも無理はない。

 ここ数日も桃乃とは事件の話し合いを行なっていたが、俺は琴羽や早稲田から聞いた情報を何一つとして伝えてはいなかった。


「そっか……。この紙に書かれている時間は全部正しい情報?」

「十三時半、十四時の時間に関しては早稲田、木ノ内の記憶に基づいているから、多少の誤差はあるかもしれないが、他の時間帯は合っている。図書カードには記録が残っていたし、清掃に関しては俺が開始から終了まで魔法生物棟にいたことを複数名の生徒が目撃している。一人で調べていたこと、今まで黙っていて悪かった」

「……ううん、大丈夫。たくさん調べてくれて、ありがとう」


 桃乃は改めて、俺が置いた紙をまじまじと見つめる。

 俺は「図書館」という箇所を指差した。


「この世界の俺が魔法紙を取り返したのは、十二時半より前の時間になるが、場所は図書館じゃない」

「うん……私もそう思う」

「図書館で魔法紙を取り返したのなら、誰かに見られている可能性が高いが、そういった生徒はいなかった。それに、返却から清掃に参加するまでは十五分しか時間がない。魔法紙を持ったまま、任意の清掃に参加するとは考えにくいからだ」


 桃乃も同じように考えていたのか二、三度頷く。


「そうだよね。けど、魔法生物棟の清掃にも人はたくさんい──」


 不自然なところで、桃乃の言葉が途切れる。恐らく、自分で話しながら気付いたのだろう。俺は引き継いで続ける。


「人は大勢いるが、それぞれが持ち場に分かれて掃除をする。けれど、その中には一ヶ所だけ一人で担当している部屋があるんだ」


 この世界の俺が犯人から魔法紙を取り返したところを誰も目撃していないなら場所は自ずとそこに絞られる。

 

「ドラゴンの部屋──」

 

 桃乃は、紙を呆然と見つめながら言った。

 

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