第29話

 五月二十四日、水曜日。

 午後の魔法生物学の授業では先週同様グループ分け、班分けが行われた。

 俺は先週と同じ、ユニコーンを扱うグループ1。

 同じ班の生徒は冴木、桃乃、木ノ内の四人だ。冴木は陸上乗馬部で集まり、授業の準備を行なっている。俺は近くにいた木ノ内に話しかけた。


「昨日の夜、校長から種を受け取ったから、放課後にでも教室に持って行く」

「あ、そうなの? おっけー。そっちはそっちで、しっかり約束果たしてたんだ」


 木ノ内はいつも通りの軽い返事をし、にっと笑う。


「覚えてないが、そうらしい。ちなみに、あの種は成長するとどういった魔法効果を持つ魔草花になるんだ?」

「いや、言わないし。花に興味なんてないでしょ? 気になるなら自分で調べてよ」


 特に意図もなく聞いたのだが、木ノ内は少しだけ気まずそうな様子を見せ、別の班の女子の元へ走って行く。


「実栞ちゃんって素直で可愛いよね」


 横に来た桃乃は、くすっと笑った。


「素直なら花の魔法効果ぐらい教えて欲しいけどな」

「昨日の種が成長するとね、『愛欲』っていう魔法効果を持つ魔草花になるの。それを調合して作ったハーブティーを飲むと、女の子は肌艶が良くなって凄く綺麗になるんだ。女の子なら皆知ってるよ」


 この世界の俺がその効果を知っていたかは分からないが、木ノ内が話したがらなかったのは理解出来た。種を要求した理由は、そのまま魔草花の効果に直結しているのかもしれない。意中の生徒が学校にいるのだろうか。


「あ、これは知識として教えただけだから実栞ちゃんには言っちゃ駄目だからね?」

「心配するな。俺はそこまで無神経な人間じゃない」




 先週は遠矢の後ろに乗り、木ノ内と桜井を追いかける形で森の中を移動した。

 今日は桃乃と木ノ内を置き去りにするほどの速度を出す冴木の後ろで森を吹き抜ける風を全身で切っている。

 跨っているユニコーンは冴木と完璧な意思疎通が取れているようで、冴木の意のままに木々の間を駆け抜けていく。


「おい、班行動しなくていいのか?」


 俺は前だけを見る冴木に声をかけた。


「分かっていないな、掛橋。これは人数の都合上、班分けをしただけで、団体行動の練習をする授業じゃない。魔法生物学とは魔法生物との関わり方を学ぶ授業だ。その点において、俺の右に出る者はいない」


 屁理屈のような正論に一応納得する。乗馬術に限らず、冴木は昨日の攻撃魔法学の授業でも一番の成績を収めていた。誰の目から見ても魔法の腕は疑いようがない。他を顧みない性格も一見すると短所なのかもしれないが、目的を完遂するために無駄を削ぎ落とせるという点では長所とも捉えられる。


「掛橋、お前はまた誰かのために、自分の時間を使っているのか?」

「そうだな。最近の俺はその時間に意味があると思っている」


 振り返ると、すでに桃乃と木ノ内の姿は見えなくなっていた。

 冴木は、前進するユニコーンの速度を上げるために前傾姿勢を取る。


「やはり、お前は俺と正反対の考えを持っているようだ」


 冴木は昂然とした口ぶりで続ける。


「一つ忠告しておいてやろう。周囲に気を配ってばかりでは、その内自分のことが見えなくなるぞ」


 この世界の俺と自分が同じ性格だとは思わないが、今の俺と冴木の性格が正反対だとは感じる。俺は常に前だけを見て行動したりしない。自分が取る行動は、全て過去の自分が形成してきた自分の価値観に基づいたものだからだ。


「それは杞憂だ。今の俺は自分のことを考えるだけで精一杯なんだ」

「まあ、記憶喪失の状態で考えを改めるのは難しいかもしれないな」


 それからはお互い特に話すこともなく、冴木は後ろを最後まで振り返ることはなかった。

 数十分間、森の中を駆け回り続け、俺と冴木が出発地点に着いたのは授業が終わる十分ほど前。戻ると桃乃の姿はなく、残っていたのは木ノ内一人だった。

 腰の高さくらいまである岩に座り、足をぷらぷらと動かしている。


「やっと戻って来た」

「桃乃は?」

「いや、桃乃は? じゃないし。遅いんだけど。さっさと他の班にユニコーンを預けてきてよ。さんごちゃんが今、謝りに行ってるから」


 不機嫌な様子の木ノ内に対して、冴木は何も答えず、ユニコーンの頭を優しく撫でている。遅れたのは俺のせいではないが、場を収めるため代わりに謝ろうとすると、俺と冴木が戻ってきた逆方向から、今田がペガサスを一頭だけ連れて歩いて来た。


「愛亜李どうしたの? グループ2は向こうじゃない?」


 木ノ内が近付いて声をかけると、今田は悲しげな表情でペガサスの翼に目をやる。


「この子が怪我しちゃって……。今から魔法生物棟に連れて行かないといけないの」

「え、本当だ……痛そう。大丈夫?」


 よく見てみると今田が連れてきたペガサスの左の翼が一部分、血で赤く滲んでいた。


「お前達、飛行乗馬部の狩りの獲物は鷲や鷹の猛禽類。空は基本的に遮蔽物がないからな。ユニコーンは森の中を走ることに慣れていないんだろう。この傷は枝で擦って出来たものだな」


 冴木は翼に近づき怪我を注視すると、問題ないと判断したのか、すぐに踵を返した。

 木ノ内は軽蔑するような視線を冴木に向けた後、すぐに今田に向き直る。


「私、猿渡先生の所に行って薬貰ってくる」

「あ、大丈夫だよ、薬なら多分小屋にあると思うから」

「いいからいいから。たくさんある分には困らないでしょ?」

「それはそうだね……。ありがとう」


 木ノ内は俺と冴木を一瞥すると、すぐに医務室の方向へと走って行った。


「掛橋くんも冴木くんも時間取らせてごめん。じゃあ、私も行くね」

「待ってくれ、俺も行く」

「……いいの?」

「ああ」


 丁度確認しておきたいことがある。

 それに簡単な処置ぐらいなら今田を手伝うことも出来るかもしれない。


「冴木、桃乃に事情を話しておいてくれないか?」

「まあ、いいだろう。ユニコーンを戻しに行くついでだ」


 冴木はそれに口を挟むことはなく、再びユニコーンに跨り森の中へと駆けて行く。

 今田は俺に少しだけ頭を下げると、こっちだよ、と歩き出した。

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