第28話

 早稲田は視線を落とし、銀色の前髪で表情が遮られる。


「もう一度確認します。俺は犯人から一度魔法紙を取り返していたんですね?」


 俺は感情が伝わるように、努めて柔らかく問いかけた。


「うん。記憶を失った日のお昼過ぎ、掛橋くんは取り返した魔法紙を持って私の部屋まで報告に来てくれたから」

「日曜日ですか。それをそのまま新飼さんに?」

「魔法紙が盗まれた事件に関して知っていることを話して欲しい、って頼まれて……。本当に私はどうしようもないね。掛橋くんが疑われることになるなんて、全く考えてなかった」


 今までこの話を黙っていたのは俺への罪悪感があったからだろう。記憶喪失の俺に、魔法紙を取り返していた事実を伝えても、かえって困惑させてしまうと考えた可能性もある。

 いずれにしろ、早稲田の行動が間違っていたとは思えない。


「記憶を失くす前は俺もこの学校のことが好きだったんだと思います」

「……え?」


 顔を上げた早稲田は困惑の表情を見せる。


「事件を解決するために、早稲田さんは新飼さんに協力した。それは学校のためを思っての行動ですよね。俺が早稲田さんの立場でも同じ行動を取ったと思います。だって、俺は早稲田さんの跡を継いだ生徒会長ですから」

「そう言ってくれるのは嬉しい。でも黙っていたのは、やっぱり私が──」

「俺の近くにもいるんです。一人で責任を感じている人が」


 誰のことを指しているのか理解した様子の早稲田は続けようとした言葉をぐっと呑み込んだ。


「そっか……これ以上、謝っても掛橋くんを困らせるだけだね」


 俺は右手を差し出し、握手を求める。


「今日は話してくれてありがとうございました。また相談させて貰ってもいいですか?」

「うん。私は掛橋くんの先輩……だから」


 早稲田は両手で優しく包み込むように俺の手を握り、ありがとう、とこぼした。




 見慣れた、宙に浮く壁掛け時計の短針が七を指し、十九時になった時、桃乃が部屋の扉をノックした。校長から呼び出しがあったらしい。

 今回は本当の用事のようで、俺にも同行して欲しいとのことだ。

 教員寮へ向かい、校長室に入ると、八頭司校長にソファに座るよう促される。


「明日でも良かったんだけど、早く伝えた方がいいかと思ってね」


 向かいに座った八頭司校長は、桃乃ではなく俺に向かって小さな紙袋を差し出した。


「これは何でしょうか?」

「魔草花の種。覚えていないかもしれないけど、掛橋くんに頼まれていたんだ。栽培委員からの要請があります、とか言っていたかな」


 中を確認すると、確かに植物の種らしきものが入っている。木ノ内との約束で、ガーベラを受け取る前に、すでに校長に依頼をしていたのだろう。


「もしかして、実栞ちゃんと話していたのってこれ?」


 横に座る桃乃も紙袋を覗き込み、一昨日の木ノ内との約束に言及する。

 俺は頷いて、紙袋を閉じた。


「何の話か分かっているなら、その種はそのまま託しても大丈夫かな?」

「はい。ありがとうございます」


 用件が済んだと思い、立ち上がろうとすると、八頭司校長が手で制する。


「それともう一つ話があってね。調査員の新飼さんが来週の月曜日を最後に政府に帰任することになったから。もし、調査の協力を依頼されたら生徒会業務の一環としてしっかりサポートしてあげて欲しい」


 俺と桃乃は一度顔を見合わせ、すぐさま桃乃が質問する。


「犯人が見つからなくても政府に戻られるんですか?」

「うん。来週の月曜の全校集会で話す予定だったけど、二人には今伝えておこうと思ってね。まだ職員しか知らない情報だから、他の生徒には話さないように」

「分かりました。出来る限り協力します。その上で僕からも一つ質問をいいですか?」

「いいよ。何だい?」


 俺が転生者であることは、新飼、そして学校側に知られてはいけない。事件について調べていることも悟られないよう、学校関係者と話す時は極力事件の話題に触れないようにしていた。

 今の会話の流れなら、俺が質問をしても不自然には思われないだろう。


「南川先生とリュクスが倒れていたのを一番初めに見つけたのは誰なんですか?」


 桃乃が図書委員の生徒全員に聞いたが、その中に第一発見者はいなかった。


「ああ、そうだね。同じ生徒なら新飼さんよりもくん達の方が色々と話を聞けるかもしれない。事件現場を一番最初に訪れたのは──」




「何で来週の月曜日に戻るんだろ。それまでに犯人を捕まえられる予定なのかな」

「新飼の捜査の進捗具合も分からないし、何とも言えないな」


 教員寮を出て、学生寮へと向かいながら、八頭司校長の話を桃乃と振り返る。

 桃乃は第一発見者の生徒については触れず、新飼が戻ることに言及した。


「絵梨香ちゃんに聞いてみる? 新飼さんから捜査の協力を依頼されていたみたいだし」

「琴羽は魔法紙を入れるように指示されただけで、その理由までは本当に教えてくれなかったそうだ。聞いても、分からない、と返ってくる可能性が高い」


 数時間前、早稲田から聞いた話でも、新飼から定期的に接触はあるが、ほとんどが事件に関する質問で、逆に新飼からの情報はほとんどないとのことだった。週末、政府に行くことを知っていたのは、その間俺を監視するように頼まれたからだそうだ。


「そっか。新飼さんの動向は気になるけど、私達にもあまり時間がない……。やっぱり今は私達自身の調査に集中するべきだね」

「そうだな。俺達が先に犯人を見つけなければいけない状況に変わりはない」


 教員寮と学生寮の中間付近に来た時、魔法生物棟がある方向の暗がりから、誰かの足音が近付いてくる。


「今田?」

「掛橋くん……と桃乃さん?」


 外が暗いこともあり、近付いてようやく人影が今田であることが分かった。

 連れ添っている生徒はおらず、手ぶらの今田一人だけだ。


「こんな時間にどうしたの? あ、部活終わり?」


 桃乃が今田に駆け寄って尋ねる。


「あ……そうそう。部活終わり。ちょっと長引いちゃったの」

「そうなんだ。じゃあ、一緒に寮に戻ろ」

「うん。二人は何をしてたの?」

「私達は生徒会の用事で校長先生に呼ばれてたんだ」

「こんな遅い時間に呼び出しかぁ……大変だね」

「ううん、全然。こういう呼び出しはたまにしかないから。愛亜李ちゃんも遅くまでお疲れ様」

「ありがと。桃乃さんもお疲れ様」


 この学校の部活動は全て十九時に終わる。

 今は二十時前。部活動自体が長引いたり、部員同士で部室に残って雑談などをすれば、これくらいの時間にはなる。


「横の掛橋くんも見た感じお疲れだね」

「ああ。少し寝不足で」


 今日は火曜日。飛行乗馬部の活動は行われていないはずだ。

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