第27話

 午後は常用魔法学の授業が行われた。

 扱われた魔法は復元魔法『エパナフェーロ』

 桃乃が一度目の前で使った魔法だ。

 この世界の俺の破れた制服を元に戻した魔法で、言葉の通り物体の形状を復元させることが出来る。復元可能なのは形状のみで、汚れを取り除き、綺麗にするといったことは不可能だ。

 常用魔法学の授業は滞りなく終わり、これでカリキュラム全ての魔法を一通り把握することが出来た。

 そして現在、放課後。

 俺は一人で考えをまとめるため、自分の部屋で転生魔法の関連書を開いている。桃乃が事件に関係しているなら、俺一人でその関係性を見つけるべきだと考えたからだ。

 魔法史学の教科書には、発動条件、解除条件などしか記載がなかったが、関連書には成り立ちを始めとして、様々な説明が事細かに記されている。

 

 ──転生魔法の歴史は数百年前に遡る。


 当時、とある小さな集落で暮らしていた魔法使いの若い夫婦がいた。

 夫婦は仲睦まじいことで有名で、夫は魔法の研究をする仕事をしていた。

 やがて、妻は身籠もり、二人は穏やかな幸せを享受していくかと思われた。

 しかし、子供が産まれた直後、妻が集落で流行っていた疫病を患ってしまう。

 夫は妻を深く愛しており、産まれた子供のためにも、治療魔法の研究に勤しんだ。

 だが、疫病を治癒出来る魔法は作れず、妻の体は日に日に病に蝕まれていく。

 自分の命が長くないことを察した妻は夫に言った。


「子供のために、新しいお母さんを見つけて」


 夫は妻以外の女性を愛す自信がなかった。

 妻と全く同じ人間をもう一人作ればいい、夫はそう考える。

 そして作られたのが『転生魔法』だ。

 使用者の体を取り込むことで、別世界の人間を呼び、存在を新しいものに変える魔法。

 晩年の妻の血を使い転生魔法を使用すると、存在は消滅し、別世界から同じ見た目をした転生者が現れた。



 その後にも記述は続くが、生活は上手くいったはずがなく、最終的に転生者は自ら命を絶ったようだ。記述にあるような重病人がこの学校にいるとは思えない。

 犯人の動機は、この夫とは違うだろう。

 分かったのは「転生魔法は自分ではなく他人に向けて使うために作られた魔法」だということだ。




 五月二十三日、火曜日。


「ごめん、お待たせ」

「いえ、大丈夫です。放課後にお呼びしてすみません」

「大丈夫。話って何?」

「そうですね。まずは普通に話をしませんか?」


 魔法生物棟の前に呼び出したのは前生徒会長の早稲田彩。

 桃乃には、魔法生物棟の調査に行く、と嘘を伝えてある。

 俺は魔法生物棟の横にある森に向かって歩き出し、早稲田も俺の横に並ぶ。


「早稲田さんは、この学校が好きですか?」

「うん、好きだよ」

「好きじゃないなら、生徒会長なんてやらないですよね」


 早稲田は笑顔で頷く。

 学校の方針や制度を不満に思い、それを変えるために生徒会長になる人もいるだろうが、それも結局は学校をより良くしたいという根本にある学校へのプラスの感情からだと俺は思う。


「『修楠学院高等学校』、この学校の名前の由来を知っていますか?」

「知ってるよ。数百年前、まだ校舎も何にもない時、このクスノキの下で魔法を練習するところから始まったんだよね」


 森の入り口にあるクスノキの手前で俺達は足を止めた。

 元の世界と学校名が同じだったことから、由来も似たようなものなのではないかと思っていたが、やはり大枠は同じらしい。


「クスノキの下で学業を修めることから、修楠学院高等学校。結構、安易ですよね」

「でも、私はその由来も結構好き。周りを自然で囲まれているから、不便に感じる人も多いんだけど、そういう環境だからこそ学業だけに集中出来るっていうのはあると思うんだ」


 早稲田はクスノキにもたれ掛かり、空気を味わうように深呼吸をした。


「それは確かにそうですね」


 早稲田に倣い、俺もクスノキに体重を預ける。


「けど、どうして学校の話を?」

「まずは、これを見てくれませんか?」


 俺はポケットから、一枚のカードを取り出した。

 

 ・貸し出し

『五月十二日金曜日 十二時半 掛橋渉』

 ・返却

『五月十四日日曜日 九時四十分 掛橋渉』


「貸し出しカード?」

「はい、転生魔法の関連書の貸し出しカードです。読んだことはありますか?」

「ううん。こういった本があることも知らなかった」


 早稲田は首を左右に振り、不思議そうな顔を見せた。

 俺は先週の水曜日のことを思い出しながら話す。


「事件の翌日の木曜日、俺は三年生の中に犯人がいると考えていた。しかし、その翌日の金曜日、俺は三年生ではない別の人物に犯人の目星を付けていた。これは、早稲田さんが教えてくれた情報です。合っていますよね?」

「合ってるよ」

「この関連書を借りたのは金曜日の午後です。俺が一日で意見を変えたのは、恐らくこの本を読んだからではないでしょうか?」


 本の他にもヒントにするものがあったのかもしれないが、俺が今から話すのは、この世界の俺が本から犯人を推測するに至った、という仮定の話だ。


「なるほどね……可能性はあるかも。本の内容は?」

「転生魔法の歴史です。読んで分かったのは、犯人は特定の誰かに使うつもりで魔法紙を盗んだ、ということです。転生魔法は自分に使う魔法ではありません」

「私も最初からそう思ってたけど、それで何かが分かったの?」


 早稲田から貸し出しカードを受け取り、ポケットに戻す。


「犯人が自分自身に使う意味、そしてその可能性も俺は考えていたんです。ただ、その可能性が消えるなら、桃乃が関係している、という曖昧な言葉の真意を絞ることが出来ます。要するに、桃乃は犯人じゃない」

「……どうして?」

「桃乃を犯人だと考えていたなら、俺はそのまま犯人だと早稲田さんに伝えていたはずです。単純に考えるなら、犯人は桃乃に転生魔法を使うために魔法紙を盗んだ。そして、桃乃の周辺人物の中に、その可能性のある人物がいた。桃乃の存在こそが、事件のきっかけだったんではないでしょうか」


 この世界の俺は桃乃とよく行動を共にしていた。風野宮の悪戯にさえ、いちいち注意をするような人物だ。周囲の機微に敏感であれば、桃乃の人間関係をある程度、把握していたことは十分に考えられる。だからこそ、本の記述が、犯人の動機に結び付いた。


「だったら、どうして桃乃さんが狙われているって話さなかったの? それを桃乃さんに話さないように私に口止めしたのは何で?」

「記憶を失った今の俺に確かなことは言えませんが、恐らく桃乃に責任を感じさせたくなかったんだと思います」

「ごめん。今の掛橋くんに聞いて分かることじゃないよね」


 自分の腕を抱えながら、早稲田は俯きがちに言った。


「すみません。俺が今話しているのは憶測に過ぎないので」

「……ううん、いいの。私を呼び出したのは、桃乃さんの代わりに釈明をするため?」


 俺はクスノキから背中を離し、早稲田の前に立つ。


「それともう一つあります。早稲田さん、俺にまだ話していないことはありませんか?」

「話していないこと?」


 犯人が桃乃に転生魔法を使おうと考えていたのなら、一つの大きな疑問がやはり付きまとう。

 何故、この世界の俺に転生魔法が使われたのか、ということだ。

 魔法紙を盗んだ動機は、この世界の俺に関係していない。


『犯人は事件の捜査を止めるために、この世界の俺を襲い、その際の出血で転生魔法が発動した』


 これは以前話し合った時に桃乃が口にした考えだ。

 筋は通っているが、改めて考えるとやはり疑問が残る。

 襲うことだけが目的なら、犯人が部屋に魔法紙を持って行く必要性が感じられない。


 なら、考えられるのは──


「俺は記憶を失う前、犯人から一度魔法紙を取り返していませんでしたか?」


 犯人が、魔法紙を奪い返すために部屋を訪れ、争った際に魔法紙に血が付着したということであれば納得がいく。

 早稲田は不安げな表情をこちらに向け、少しの間を置いて口を開いた。


「……記憶が戻ったの?」


 俺は左右に首を振り、この考えに至った、もう一つの理由を話す。


「魔法生物棟の清掃の時に、そう思ったんです。週末、新飼さんと校長が政府に行くことを早稲田さんは知っていました。それは桃乃も知らなかった情報です。校長と定期的に会っている桃乃が知らないなら、その情報は新飼さんから漏れた可能性が高い。だから、新飼さんと早稲田さんが接点を持っていると思いました」

「…………」

「新飼さんは、赴任初日から俺を転生者だと疑っています。そして、その言動の裏にはどこか確信めいたものを感じるんです。まるで、俺が魔法紙を持っていたことを知っているかのような」


 この世界の俺が事件のことを相談していたのは、前生徒会長である早稲田のみ。

 魔法紙を取り返したことを早稲田に話し、その事実を早稲田がそのまま新飼に伝えていたなら、初日の食堂の会話も理解出来る。

 

「ごめん……私が新飼さんに話したからだね」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る