第26話

 第四章



 五月二十二日、月曜日。

 全校集会では八頭司校長が事件についての話をしている。

 未だ進展がないようで、事の重大さを先週にも増して生徒達に伝えているように見えた。

 俺と桃乃は体育館からではなく、それをステージ脇から眺めている。

 六月からはカリキュラムが変わるため、その事前告知、また四月、五月の総括を生徒会長が発表することになっているらしい。

 俺は横に立つだけで話すことはないが、生徒会の一員としてこの場にいる。


「私達にも、あまり時間がないね」

「ああ。丁度、後一週間で期限の十五日だ」

「風野宮くんのバッグに入っていた魔法紙は、私達が探している魔法紙とは関係なかったし、絵梨香ちゃんも何も話してくれなかった……。昨日の実栞ちゃんの話も本当に事件とは関係ないんだよね?」

「そうだな。この世界の俺の個人的な話だ」


 ステージ脇は暗がりで表情はよく見えないが、桃乃が焦っている様子は声から伝わってきた。俺は木ノ内から聞いた話を桃乃に伝えていない。この世界の俺の気持ちを汲んだわけではなく、伝えたところでかえって桃乃を混乱させてしまうと思ったからだ。

 今の俺達が持っている情報はそれぞれ繋がりのないもので、犯人像の特定すら出来ていない。

 この学校のことを知らない俺に残されている最大の手掛かりは、この世界の俺の行動履歴だが、それも不完全なままだ。


「もうすぐで俺達が出て行く時間だ。話すことはもう決まっているのか?」

「……うん。それは大丈夫」


 桃乃が焦るのも分かる。

 たった一週間かもしれないが、俺は桃乃を見てきた。

 だからこそ、かけるべき言葉は頭に浮かぶ。

 ただ、その言葉に俺の意志を込めることはまだ出来ない。


「俺は桃乃の横に立っているから」

「ごめんね。掛橋くんは生徒会とは関係ないのに」

「いや、いいんだ。今はそれしか出来ないからな」


 桃乃は少し首を傾げたが、校長の話が終わると、すぐに頭を切り替えたようで、自らの頬をぺシッと叩いた。


「行こっか」

「行くか」


 八頭司校長と入れ替わり、ステージの中央に立つ。

 全校生徒の顔が一人一人よく見える。

 全校生徒も登壇した俺達を見ている。

 交わした視線のどれか一つが犯人へと繋がっている。

 事件を起こした犯人は今どんな気持ちで、学校生活を送っているのだろうか。

 桃乃が話している間、俺はずっとそんなことを考えていた。




 全校集会後の自習時間が終わり、昼休みになる。

 食堂へ向かう途中の廊下で、琴羽に声をかけられ、俺は再び図書準備室を訪れていた。


「お昼にすみません。手短にお話しますので」


 土曜日と同じように琴羽は部屋の奥へと進み、俺との間に南川のテーブルを隔てる。

 琴羽は肩に掛けていたトートバッグをテーブルの上に置くと、俺を真っ直ぐ見た。


「土曜日の話ですが──」

「その前に謝らせてほしい。この前は悪かった。一方的に俺だけ話してしまって」

「……いえ、そもそも話をしようとしなかった私に原因があります。掛橋くんの話を聞いて、私も自分の考えを話す気になりました」

「そうか……」


 俺の名前が琴羽の口から出たのは初めてだが、距離が縮まったわけではないだろう。

 琴羽の口調やトーンからは俺への警戒心をまだ感じる。


「掛橋くんの言っていた通り、私は犯人のことが許せません。私だけではなく、図書委員の生徒全員がそう思っているはずです。南川先生がどんな先生か私に聞きましたよね?」

「ああ」

「南川先生は私達、図書委員の生徒から慕われていました。いつも優しくて、物知りで、先生と話すのを楽しみに図書館に来る委員の子もいたんです。私達が困った時は、いつも親身に相談にも乗ってくれましたし、先生が見回りの時に連れていたリュクスも皆で可愛がって……私は……そういった時間を大切にしていました」


 所々、言葉を詰まらせながらも琴羽は気丈な態度で続ける。


「だけど、あの日、私が大切にしている場所で大切な人が襲われた。先生は胸を貫かれ、リュクスは全身を傷付けられた。魔法紙を盗んだ理由なんかはどうでもいい。ただ、何で先生とリュクスにあんな酷いことをする必要があったのか……それが許せないんです」


 思いが人一倍強かったからこそ、琴羽は南川の業務を引き継ぎ、新飼の指示に従った。

 多くの生徒は、事件をどこか他人事だと思っているところがあるが、図書委員の生徒達は違う。この世界の俺が襲われたことを知った桃乃と同じように、計り知れないショックを受けたのだろう。


「そして、私は掛橋くんを疑いました。魔法の実力もそうですが、一番不審に思った原因がこれです」


 琴羽はテーブルに置いたトートバッグから、一冊の本を取り出す。

 それは俺が探していた転生魔法の関連書だった。


「琴羽が持っていたのか」

「事件が起きた週の金曜日、掛橋くんはこの本を借りたんです。その時は、生徒会長として事件の捜査に使う、くらいにしか考えていませんでした。ですが、その二日後の日曜日に掛橋くんは本を返却し、記憶喪失になりました。そのタイミングこそが、一番不審に思った点です」

「そうか……琴羽は逆から考えたんだな」


 転生魔法の関連書を返却した後に記憶喪失になったという状況から、犯人に襲われたという早稲田の考えとは異なり、琴羽は俺が自分自身に魔法紙を使ったと考えたのだろう。

 魔法紙を使った可能性が高いという点から逆算し、俺が南川やリュクスを襲ったと推測した。


「はい。だから、私は目の前のあなたを転生者だと疑いました。ただ、確かな根拠があるわけではありませんでした。だから、新飼さんからの提案を受けて、協力したんです」

「それで琴羽は何か分かったのか?」

「……いえ。結局、新飼さんは最後まで意図を教えてくれませんでしたし、私もあの件で事件に繋がるような証拠を掴めたわけではありません。けれど──」


 琴羽は転生魔法の関連書を手に取り、俺にゆっくりと差し出した。


「記憶喪失にしろ、転生者にしろ、目の前の掛橋くんが事件を本気で解決しようとしていることは伝わりました。だからこそ、自分が取るべき行動が一度分からなくなってしまったんです。でも、今ならハッキリと分かります。今の私に出来るのは掛橋くんに協力することです」


 俺の疑いが完全に晴れたわけではない。ただ、琴羽は俺と同じように事件を誰よりも解決したいと思っている。その思いから、俺に協力することを決めたのだろう。


「ありがとう。また何か聞きたいことがあったら質問させてくれ」

「その時は、また図書館へ来てください」


 集合写真と同じように、琴羽の表情からは微笑みが見て取れた。

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