第25話

「二人って付き合ってんの?」


 木ノ内は部屋の中を物色しながら言った。俺はキッチンで紅茶を淹れる準備をする。


「何でそうなるんだ」

「だって、私が来るまで二人きりだったんでしょ?」

「今の俺と木ノ内だってそうだろ」

「いや、私はそんなんじゃないし」

「俺と桃乃も、そういう関係じゃない」

「ふーん……そうなんだ」


 俺はテーブルにマグカップを二つ置く。

 疲労回復効果のある魔草花が含まれた紅茶の色は真紅で、これがマグカップではなく、グラスに入っていれば俺はトマトジュースと間違えていたかもしれない。名前は分からないが、どこかで嗅いだことのある花の香りが鼻腔をつく。魔法効果のある飲み物ということは、プラセボ効果ではなく本当に効き目があるのだろう。


「あ〜良い匂い。私、この花めっちゃ好きなんだよね」

「これって疲労回復効果のある紅茶で合っているんだよな?」

「そうね。ま、気持ち程度だけど」


 ヨミは早速外れたが、飲まないよりはマシだ。清掃の疲れをここで少しでも取っておきたい。俺と木ノ内はテーブルの前に座り、紅茶を啜る。


「あんたと交わした約束、教えてあげる」

「そうだな。それが今日会った理由だ」

「私って結構義理堅いんだよね。人から恩を受けたら、絶対に自分も恩を返すって決めてんの。それは逆も言えることでさ、自分のしてあげたことが相手にとってプラスだったなら、私にもそれを頂戴って思っちゃう。あ、でも友達や家族は別。存在自体が大切で、それだけで私は恩を貰ってるから、恩を返して欲しいとは思わない」


 俺自身もその考えには同意出来る。関係性によって人に求めるもの、与えるものが変わってくるのは当たり前だ。

 俺は木ノ内の友達ではない。そして、木ノ内は約束の内容を話すかどうかは、この部屋に来てから決めると言っていた。要するに交わした約束の恩恵を俺が受けているかどうかを、この部屋に来て確認したかったのだろう。


「それでいくと、恩を返して貰う必要があるってわけ。『私がガーベラを渡す代わりに、あんたが新しい魔草花の種の入荷を学校側に依頼する』、これが私達の交わした約束だから」

「ん? 待ってくれ。その話が成り立つには、この部屋に約束のガーベラがないとおかしくないか?」

「私は先週の日曜日、あんたが記憶を失くした日もここに来た。丁度、これくらいの時間。ガーベラの花は、その時に渡してる」


 今一度、部屋を見回すが、それらしき物は見つからない。


「あ、ごめん。何も覚えてないから当然か。あんたは花を飾るようなタイプではないでしょ。だから、あのガーベラは誰かへのプレゼントだと思ったの。部屋にないってことは、その誰かにもう渡した後。つまり、あんたの目的は果たされて、次はあたしの番ってこと」


 火曜日の放課後、部屋の中を調べた時のことを思い出した。

 ただのゴミだと思い、あまり気に留めてはいなかったが、ベッドの下から花びらが一枚出てきたような気がする。

 この部屋に来て、俺は自分のゴミしか捨てていない。俺にとってはゴミでも、この世界の俺にとっては違うかもしれないからだ。そういった判断に困るものは袋に入れて机の引き出しに入れてある。俺はすぐに引き出しを開け、袋の中を探った。


「これが、そのガーベラの花びらか?」


 少し枯れているが、元は淡いピンク色をしていた一枚の花びらを木ノ内に差し出す。


「あ、これこれ。ほら、嘘じゃなかったでしょ?」

「……なるほどな」


 部屋にないということは、確かにガーベラは誰かに手渡されている可能性が高い。

 心当たりはある。風野宮が言うには、五月十四日の日曜日は桃乃の誕生日だったらしい。

 そして、あの日、桃乃が屋上に現れたのは、この世界の俺と会う約束をしていたから。 普通に考えれば、ガーベラは桃乃への誕生日プレゼントで、それを屋上で渡す予定だったのだろう。だが、桃乃はガーベラを受け取っていない。

 あの日、屋上に現れた桃乃は俺をこの世界の俺だと勘違いしていたからだ。

 

 ──ガーベラを受け取った生徒は誰なのか。

 

 俺は頭の片隅に入れておくことにした。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る