第22話
「この二つのチョコレートな。好きな人と食べると恋が実るって言われているんだぜ?」
「ああ」
「成分は明かされていなくて、何かしらの魔草花が入っているんじゃないか、って噂だ」
「そうなのか」
図書館を訪れた後、俺は自分の部屋に風野宮を呼んだ。風野宮は、ローブのポケットからハート型とスペード型のチョコレートを一つずつ取り出し、興奮した様子で話す。
「いや、呼び出しておいて上の空はないだろうよ」
「そうだな、悪い」
「あ! もしかして俺への愛の告白だったりする?」
「違う。罰ゲームでもお断りだ」
「おい、俺の将来の結婚相手に謝れ」
こうやって二人で話していると、元の世界に戻ったような錯覚に陥る。
明日でこの世界に来て一週間が経つ。
向こうの世界は今どうなっているのか、俺は本当に元の世界に戻ることが出来るのか、と考えても仕方のないことをつい考えてしまう。
「それで? 俺を呼び出した理由は?」
「お前のバッグに魔法紙を入れた生徒が分かったんだ」
「なーんだ、そんなことか」
「そんなこと?」
風野宮は俺の肩を叩き、歯を見せて笑う。
「てっきり、麗香先生に彼氏が出来た報告かと思っただろ」
「いや……誰の仕業か気にならないのか?」
「あー。気にならないって言ったら嘘になるけど、別に知らなくていいや」
「そいつがお前に謝りたいって言ってたんだ。だから──」
「俺はさ」
頭を掻きながら、風野宮は言葉を探す。
「今まで本当にしょうもない悪戯をたくさんやってきた。お前にも散々注意されたけど、いつも一人で大して面白いこともなかったからな」
「……ああ」
「それで誰かに謝ることも特になかった。今回のことはなんというか、自業自得だなって思ったんだ。悪戯されたからって、自分がやってきたことを棚に上げて非難するのは、流石にダサすぎるだろ?」
悪戯に限らず、行動には、それを起こす者と受ける者という二者の視点が存在する。
その両方の視点を持っているのか、風野宮は淀みなく話す。
「いや、やっぱ少し訂正。ちょっと格好つけ過ぎた。前の俺なら、犯人を見つけて、仕返しをしようと企んでいた気がする。今の考えになったのは、お前が俺の味方をしてくれたからだよ」
「いや、俺は別に味方をしようと思ったわけじゃ……」
「俺がそう思っただけでもいいんだ。そう思えるような奴すら俺は周りにいなかったから。お前が庇ってくれて、俺は救われたような気がした。むしろ今回の件を引き起こした生徒に感謝しているくらいだ」
「……分かった。それなら、俺から言うことはない」
思ったことをそのまま話したのか、風野宮は小っ恥ずかしくなる様子もなく、持っていたハート型のチョコレートを縦半分に割った。
「片方食う?」
「いや、俺とお前で食べるもんじゃないだろ」
「女がハート、男がスペードを食べた時に効果があるんだ。ハートを男二人で割って食べるなら話は別だろ?」
真っ二つに割れたハート型のチョコを、それぞれ手に持つ。
「……これはこれで失恋した者同士の慰め合いみたいに見えるけどな」
「はっはっはっ! 確かにそう見えるな」
風野宮の言葉を受け、思うことがあった。
今回、俺が魔法紙を入れた生徒を突き止めたのは風野宮のためではない。
それは、事件に繋がるものがあれば、と調べた結果であり、風野宮に伝えようとしたのはその流れだ。風野宮が犯人の正体を知れば、この件も解決すると思っていたのだが、当事者の風野宮の中ではすでに終わっていた話だった。
事件が起きれば犯人を突き止めることが全て、それを一般論だと思っていたこと自体が俺個人の考えだったのかもしれない。
「とにかく、麗香先生の話じゃなくて一安心〜」
「そんなことで、いちいち呼び出すわけないだろ」
「あ、そういえば、この前の話の続きだけどさ」
「この前?」
ぼりぼりとチョコレートをかじりながら、風野宮は続ける。
「ほら、あの調合学の授業の時」
「ん? ああ……なんか言おうとしてたな」
「桃乃のこと好きなんだろ?」
「は?」
転生する直前、元の世界の風野宮と、これに似た会話をしたような気がする。
その時も俺は同じような反応をした。
「だって記憶を失う前も、失った後も一緒にいるじゃん」
考えたことはなかったが、この世界の俺の性格からはあまり想像が出来ない。
「少なくとも今の俺にそういった気持ちはない」
「へ〜。まあでも、今の掛橋をからかってもあんまり意味ないか」
風野宮は話に飽きたのか、大きな欠伸をした後、ぼそっと言った。
「それにしても運がないよな。桃乃の誕生日に記憶を無くすなんて」
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